第十三話③
次の日の朝。
教室に入った瞬間、
無意識に、視線が動いた。
――高野くん。
教室の窓側の席。
いつも通り、静かに座ってる。
特別目立つわけじゃないのに、
なんか、ちゃんと目に入る。
「……あ」
自分でも気づく。
探してる。
「……やば」
小さく呟く。
これ、綾香の影響だ。
完全に。
「明日香、おはよー」
後ろから声。
「っ……!」
びくっとして振り返る。
「綾香……」
ちょっとだけ安心する。
「おはよ」
「何その反応」
綾香が笑う。
「びっくりしすぎでしょ」
「……ちょっとね」
苦笑いする。
「……で」
綾香が小さく声を落とす。
「いる?」
「……いる」
同じように小声で答える。
「窓側」
「……見なくても分かる」
言いながらも、
ちらっと見てる。
「今日、やるの?」
「……うん」
小さくうなずく。
「たぶん」
「たぶんって」
ちょっと笑う。
「大丈夫大丈夫」
軽く言う。
「昨日練習したじゃん」
「……あれ、役に立つ?」
「たぶん」
ちょっと曖昧に返す。
「でも、何もないよりはいいでしょ」
「……まあ」
綾香が少しだけ息を吐く。
緊張してるのが分かる。
「……タイミング見て」
小さく言う。
「うん」
うなずく。
――1時間目。
授業。
内容、ほとんど頭に入ってこない。
気づいたら、
綾香の方見たり、
高野くんの方見たりしてる。
「……集中しなきゃ」
小さく呟くけど、無理だった。
――休み時間。
「……どうする?」
小声で聞く。
「……まだ無理」
即答。
思わず笑いそうになる。
「早くない?」
「いや、今は無理」
真顔。
「心の準備できてない」
「いつできるのそれ」
「……分かんない」
ちょっと弱気。
「……じゃあさ」
少し考えて言う。
「次の授業の前とかどう?」
「……あー……」
考える顔。
「今よりはマシかも」
「でしょ?」
「……分かった」
小さくうなずく。
「そこ狙う」
「おっけ」
軽く拳を作る。
「応援してる」
「プレッシャーかけないで」
「かけてないって」
ちょっと笑う。
――そして、次の休み時間。
「……今」
綾香が、小さく言う。
「行く」
その一言で、
こっちまで緊張する。
「……いってらっしゃい」
小声で言う。
綾香が、ゆっくり立ち上がる。
深呼吸してるのが分かる。
そして――
一歩。
また一歩。
高野くんの席に近づいていく。
「……」
思わず、見てしまう。
見守るしかできない。
綾香が、席の横で止まる。
少しだけ、間。
「……あの」
声が聞こえた。
小さいけど、ちゃんと届く。
高野くんが顔を上げる。
「……?」
綾香を見る。
その瞬間、
こっちの心臓までドキッとする。
「……この前のプリント」
昨日の練習と同じ言葉。
ちょっとだけぎこちないけど、
ちゃんと話せてる。
「ここ分かんなくて」
紙を見せる。
高野くんが、少しだけ身を乗り出す。
「……ああ、ここ?」
「うん」
会話、成立してる。
ちゃんと。
「……ここは――」
説明が始まる。
綾香が、ちゃんと聞いてる。
うなずいてる。
「……ありがと」
最後に、ちゃんとお礼も言ってる。
――すごい。
普通に、できてる。
思わず、少しだけ笑う。
そのとき。
綾香が、こっちをちらっと見た。
一瞬だけ目が合う。
ちょっとだけ、
照れたみたいな顔。
「……」
小さく、親指を立てる。
ナイス、って意味で。
綾香が、ほんの少しだけ笑った。
それを見て、
胸がじんわりする。
なんか、
すごくいい。
そのまま綾香は席に戻ってきた。
「……」
座るなり、
机に突っ伏す。
「……どうだった?」
小声で聞く。
「……死ぬかと思った」
小さく返ってくる。
思わず笑いそうになる。
「でも」
少しだけ顔を上げる。
「話せた」
その一言が、
すごく嬉しそうで。
「うん、見てた」
「見てたの!?」
「ちょっとだけ」
「恥ずかしいんだけど」
「いいじゃん、成功したんだから」
そう言うと、
綾香は少しだけ笑った。
「……ありがと」
小さく言う。
「なんか、一歩進んだ気がする」
その言葉に、
私も嬉しくなる。
「でしょ?」
うなずく。
「ここからだよ」
「……うん」
綾香が、しっかりうなずいた。
恋が、少しずつ動き出してる。
そんな気がした。




