第十三話②
「……やってみる」
そう言った綾香の顔は、
さっきまでより、少しだけ明るかった。
「お、いいじゃん」
軽く言うと、
「でもさー……」
すぐに不安そうな顔に戻る。
「絶対緊張するんだけど」
「それはするでしょ」
思わず笑う。
「私でもするもん」
「でしょ?」
綾香がため息つく。
「なんかさ、話しかけるだけなのにさ」
「めっちゃハードル高い」
「分かる」
うなずく。
好きな人ってだけで、
普通のことが急に難しくなる。
「……じゃあさ」
少し考えてから言う。
「シミュレーションする?」
「……は?」
綾香が一瞬固まる。
「え、なにそれ」
「いや、練習」
ちょっとだけ前のめりになる。
「私が高野くん役やるから」
「無理無理無理」
即否定。
「絶対無理」
「なんで!」
「だって気まずいじゃん!」
「いや、今さらでしょ」
ちょっと笑う。
「むしろ今やっといた方が楽だよ」
「……うーん……」
少し悩む顔。
「ほら、やろ」
軽く手を叩く。
「はい、高野くんです」
姿勢を少しだけ変えて、
それっぽく座る。
「……」
綾香がじっと見る。
「なにその雑な再現」
「いいから!」
ちょっと笑いながら言う。
「はい、話しかけて」
「……えー……」
綾香が明らかに困ってる。
でも、その感じがリアルすぎて、
ちょっと面白い。
「ほら」
「……えっと」
少しだけ視線を泳がせて、
「……あの」
って小さく言う。
「ん?」
それっぽく返す。
「……この前のプリントさ」
ぎこちない。
でも、ちゃんと話しかけてる。
「ここ分かんなくて」
「……どこ?」
自然に返す。
「……ここ」
綾香が適当に指さす。
「……ああ、そこは――」
説明するフリをする。
ちょっとだけ間を置いて、
「……ありがと」
綾香が小さく言う。
そこで、私は普通に戻る。
「はい、終了」
「……はぁ……」
綾香が一気に力抜ける。
「無理すぎ」
「いや、普通にできてたじゃん」
「できてない」
即否定。
「めっちゃ不自然だった」
「最初はそんなもんだって」
肩をすくめる。
「でもさ」
ちょっとだけ真面目に言う。
「今のでも、ちゃんと会話になってたよ」
「……そう?」
「うん」
うなずく。
「最初は“話す”だけでいいと思う」
仲良くなるとか、
距離縮めるとか、
そういうのはそのあと。
「……そっか」
綾香が少しだけ考える顔になる。
「いきなり仲良くなろうとしなくていいってことか」
「そうそう」
「まずは存在認識してもらう」
「それ、言い方」
思わず笑う。
「でもまあ、そういうこと」
綾香も少しだけ笑う。
「……なんかさ」
ぽつりと言う。
「ちょっとだけいけそうな気がしてきた」
その言葉に、
私も嬉しくなる。
「でしょ?」
「うん」
綾香がうなずく。
「明日、やってみる」
「おお」
思わず声が出る。
「早いね」
「勢い大事でしょ」
少しだけ強気な顔。
でも、その裏にちょっと緊張が見える。
「……応援してる」
素直に言う。
「ありがと」
綾香が笑う。
そのあと。
「……てかさ」
急にこっちを見る。
「なに?」
「明日香は順調なの?」
「……え?」
一瞬、止まる。
「いや、千都世と」
さらっと言われる。
「……まあ」
少しだけ視線を逸らす。
「いろいろあったけど」
「だよねー」
綾香が苦笑する。
「ニュースとかやばかったし」
「……うん」
思い出して、少しだけ胸がざわつく。
「でもさ」
綾香が、ちょっとだけ優しい声で言う。
「ちゃんと乗り越えてるじゃん」
「……そうかな」
「そうだよ」
即答。
「普通にすごいと思う」
その言葉に、
少しだけ胸があったかくなる。
「……ありがと」
小さく言う。
「お互い頑張ろ」
綾香が軽く言う。
「……うん」
うなずく。
恋愛の形は違うけど、
同じ“好き”で悩んでる。
それが、なんか少し嬉しかった。
「……寒いし、帰ろっか」
綾香が立ち上がる。
「うん」
私も立ち上がる。
二人で並んで歩き出す。
少し冷たい風。
でも、
心の中は、少しだけあったかかった。




