第十二話①
インターホンの音が鳴った瞬間、
心臓が、大きく跳ねた。
「……っ」
分かってる。
ちとだって。
約束してたし、時間もちょうど。
それなのに、
なんでこんなに緊張してるんだろう。
「……はぁ……」
小さく深呼吸。
手のひらが、少しだけ冷たい。
玄関に向かう。
一歩一歩が、やけにゆっくりになる。
ドアの前で、止まる。
インターホンの画面を見る。
――フードにマスク。
見慣れた姿。
「……ちと」
小さく呟く。
少しだけ、安心する。
鍵を開ける。
ドアを開ける。
「……」
目が合う。
マスク越しだけど、
それでも分かる。
「……来た」
小さく言うと、
ちとはほんの少しだけ目を細めた。
「……ああ」
低い声。
落ち着いてるけど、
どこか、少しだけ緊張してる気がする。
「……入って」
一歩下がる。
ちとが中に入る。
ドアを閉める。
外の空気が遮断されて、
急に静かになる。
「……お邪魔します」
小さく言うちと。
その声が、やけに近く感じる。
「……うん」
短く返して、
リビングの方を見る。
今日は、お父さんもお母さんもいない。
分かってる。
だから、この時間にした。
「……部屋、行こ」
小さく言う。
ちとは、少しだけうなずいて、
私の後ろをついてくる。
廊下を歩く。
すぐ後ろに気配を感じる。
それだけで、少しだけドキドキする。
部屋の前。
ドアノブに手をかける。
一瞬だけ、止まる。
「……」
振り返る。
ちとと目が合う。
少しだけ、距離が近い。
「……入るね」
自分の部屋なのに、
なんでか確認してしまう。
「……ああ」
ちとがうなずく。
ドアを開ける。
部屋に入る。
そのあと、ちとも入ってくる。
ドアを閉める。
カチッ、って音。
それだけで、
急に二人きりっていうのを意識する。
「……座って」
ベッドの方を指す。
ちとは、少しだけ迷ってから、
静かに腰を下ろした。
私は、その向かいに座る。
少しだけ距離がある。
でも。
なんか、その距離が落ち着かない。
「……」
沈黙。
お互い、何から話すか考えてるみたい。
でも。
今日は、そのために会った。
「……話そっか」
先に口を開く。
ちとは、少しだけ顔を上げて、
「……ああ」
うなずく。
その目が、まっすぐで。
自然と、背筋が伸びる。
「……ルールのこと」
言うと、
ちとはゆっくりうなずいた。
「……ちゃんと決めよう」
その一言で、
空気が少しだけ引き締まる。
でも。
嫌じゃない。
逃げないって決めたから。
「……まず」
ちとが、静かに口を開く。
「外では会わない」
「……うん」
すぐにうなずく。
もう、それは絶対。
「連絡も、タイミング気をつける」
「……うん」
少しだけ寂しいけど、
必要なこと。
「あと」
ちとが、少しだけ言葉を止める。
「……もし、また何かあったら」
その先を待つ。
「すぐ、距離を取る」
「……っ」
胸が、きゅっとなる。
分かる。
分かるけど。
「……それって」
少しだけ声が小さくなる。
「会わないってこと?」
ちとは、少しだけ目を伏せて、
「……一時的に」
って言った。
「守るために」
その言葉が、重い。
でも。
嘘じゃないのが分かる。
「……」
少しだけ、言葉が出ない。
でも。
そのまま黙るのも違う気がして。
「……やだ」
気づいたら、口に出てた。
「……え」
ちとが、少しだけ驚いた顔をする。
「やだ、それ」
胸の奥が、ぎゅっとする。
「会えなくなるの、やだ」
正直な気持ち。
隠せなかった。
「……明日香」
ちとが、名前を呼ぶ。
少し困ったみたいな声。
「守るためだ」
「分かってる」
すぐに言う。
「分かってるけど」
それでも。
「離れるの、やだ」
言いながら、
自分でも少しわがままだと思う。
でも。
止められない。
ちとは、少しだけ黙って、
それから、ゆっくり息を吐いた。
「……じゃあ」
顔を上げる。
目が合う。
「完全に会わないんじゃなくて」
少しだけ言葉を選ぶように、
「もっと慎重にする」
「……慎重?」
「時間、短くする」とか、
「回数減らす」とか。
「リスクを下げる方向で」
その言い方に、
少しだけ現実を感じる。
でも。
さっきよりは、少しだけ救われる。
「……うん」
小さくうなずく。
「それなら……いい」
完全に離れるよりは、ずっといい。
「……分かった」
ちとも、少しだけうなずく。
そのあと。
少しだけ、空気が緩む。
でも。
まだ、終わりじゃない。
「……あとさ」
今度は、私から。
「一つ、いい?」
「……ああ」
ちとが見る。
少しだけ、緊張する。
でも。
ちゃんと言いたい。
「隠すの、やめたいって思った?」
あの日のこと。
文化祭。
ちとの言葉。
「……大切な人に隠したくない」
あれが、ずっと引っかかってる。
「……」
ちとが、少しだけ黙る。
その沈黙が、
答えみたいで。
でも、ちゃんと聞きたい。
「……思った」
小さく、でもはっきり。
「今も思ってる」
その言葉で、
胸が大きく揺れる。
「……でも」
続く言葉を待つ。
「今は、無理だ」
まっすぐな声。
「守るために」
また、その言葉。
でも、さっきと少し違う。
もっと、苦しそう。
「……そっか」
小さくうなずく。
分かってる。
分かってるけど。
ちとは、少しだけ近づいてくる。
距離が、縮まる。
「……いつか」
目を見て、言う。
「ちゃんと、隠さなくていい形にする」
その言葉に、
心臓が、強く鳴る。
「約束する」
まっすぐな目。
逃げない目。
「……うん」
小さく、でもしっかりうなずく。
信じたい。
信じる。
そう思えた。
そのまま、
少しだけ沈黙。
でも、
さっきまでとは違う。
少しだけ、温かい沈黙。
「……明日香」
「なに?」
名前を呼ばれる。
その瞬間。
ふわっと、抱き寄せられた。
「……っ」
驚くけど、
抵抗しない。
むしろ、少しだけ力を抜く。
「……大丈夫」
耳元で、静かな声。
「ちゃんと守る」
その言葉に、
胸がじんわりする。
「……うん」
小さく返す。
不安は、まだある。
でも。
それでも。
この時間があるから、
前を向ける気がした。




