第十一話③
結局――
その日は、何もなかった。
拍子抜けするくらい、普通だった。
授業も、いつも通り。
先生も、何も言わないし、
クラスのみんなも、朝みたいに少し話題に出すくらいで、
それ以上踏み込んでくる人はいなかった。
「……なんか」
放課後、教室でぽつりと呟く。
「思ってたより、普通だったね」
「でしょ?」
隣で綾香が肩をすくめる。
「みんな、そこまで執着しないって」
「……そうなのかな」
まだ少しだけ、信じきれない。
「ネットは騒ぐけど、現実はこんなもんだよ」
あっさりした言い方。
でも、少しだけ救われる。
「……そっか」
小さくうなずく。
完全に安心したわけじゃないけど、
朝のあの怖さは、少しだけ薄れてた。
「ま、とりあえず今日は無事ってことで」
綾香が立ち上がる。
「帰ろ」
「うん」
私も立ち上がる。
カバンを持って、
教室を出る。
廊下も、昇降口も、
特に変わったことはなかった。
……本当に、普通。
それが、逆に不思議なくらい。
「じゃあね」
校門のところで、綾香が手を振る。
「なんかあったらすぐ連絡して」
「うん、ありがと」
軽く手を振り返す。
一人になる。
帰り道。
冬の空気が、少し冷たい。
「……はぁ……」
息を吐くと、白くなる。
そのまま歩きながら、
ポケットからスマホを取り出す。
少し迷ってから、
トーク画面を開く。
――ちと。
《今、帰り》
送信。
数秒で既読がつく。
やっぱり、早い。
《お疲れ》
《学校どうだった》
《普通だった》
ちょっとだけ考えてから、付け足す。
《思ってたより何もなかった》
送ると、
すぐに返信が来る。
《そっか》
短いけど、
少しだけ安心してる感じが伝わる。
《よかった》
そのあと、
少し間が空く。
……珍しい。
ちとが、すぐ返してこないの。
画面を見つめる。
歩きながら。
《……明日香》
来た。
《今、話せるか》
一瞬、足が止まる。
「……え」
メッセージを見返す。
《話したい》
その一言で、
胸が、少しざわつく。
何かある。
きっと、大事な話。
「……うん」
小さく呟いて、
その場で立ち止まる。
周りを見て、
少し人が少ない場所に移動する。
《大丈夫》
送信。
すぐに、
着信。
「っ……」
心臓が跳ねる。
少しだけ深呼吸して、
通話ボタンを押す。
「……もしもし」
声が、少しだけ小さくなる。
『……明日香』
電話越しの声。
少しだけ低くて、
いつもより静か。
「……うん」
自然と、声も小さくなる。
少しの沈黙。
お互い、言葉を探してるみたいな。
『……学校、ほんとに大丈夫だったか』
最初に、ちとが聞いてくる。
「うん」
うなずく。
見えてないのに。
「ちょっと聞かれたけど、それだけ」
『……そっか』
小さく息を吐く音が聞こえる。
少し、安心してるみたい。
「そっちは?」
聞き返す。
『……まあ、バタバタしてる』
少しだけ苦笑っぽい声。
『でも、昨日よりはマシ』
「……そっか」
少しだけ、ほっとする。
また、少し沈黙。
今度は、さっきより長い。
「……話したいって」
自分から切り出す。
「なに?」
少しだけ、緊張する。
電話越しの空気が、
少しだけ変わる。
『……ああ』
短く返ってきて、
一瞬、間があって。
『これからのこと、ちゃんと決めときたい』
心臓が、どくんと鳴る。
「……これから?」
『ああ』
声が、少しだけ真剣になる。
『もう、前みたいに適当にはできない』
その言葉が、重く響く。
『明日香を守るために』
静かで、
でも強い声。
「……うん」
小さく返す。
『だから』
一拍。
『ルール、ちゃんと決めよう』
その一言で、
胸が少しだけ締まる。
でも。
逃げたくない。
「……うん」
もう一度、うなずく。
見えてないのに。
それでも、ちゃんと伝わる気がした。




