第十一話②
学校に近づくにつれて、
心臓の音が、どんどん大きくなっていく。
「……やだな……」
小さく呟く。
足が、少しだけ重い。
でも、止まらない。
止まりたくない。
校門が見えてくる。
いつも通りの風景。
なのに、今日は少し違って見える。
……気のせいじゃない。
何人かが、こっちを見てる気がする。
「……っ」
視線を感じる。
気づいてる。
でも、気づかないふりをする。
そのまま歩く。
下駄箱。
靴を履き替える。
手が、少しだけ震える。
「……明日香!」
後ろから声。
「っ……!」
びくっとして振り返る。
「綾香……」
ほっと息が抜ける。
いつも通りの顔。
でも。
少しだけ、心配そう。
「大丈夫?」
すぐに聞かれる。
「……うん」
うなずく。
でも、それだけじゃ足りない気がして、
「昨日、ありがと」
って付け足す。
綾香は、一瞬きょとんとしてから、
「あー、あれね」
って軽く笑った。
「別に大したことしてないよ」
その言い方が、いつも通りで。
少しだけ、安心する。
「……見た?」
小さく聞く。
綾香は、少しだけ顔をしかめて、
「まあ、見たよ」
って答えた。
「最悪のタイミングだよね」
苦笑い。
「……うん」
小さくうなずく。
「でもさ」
綾香が、少しだけ声を落とす。
「顔写ってないのは、ほんとに救い」
「……だよね」
それは、何度も思った。
もし、顔まで出てたら――
たぶん、こんな状況じゃ済んでない。
「学校もさ、今んとこ特定はされてないっぽい」
綾香が周りをちらっと見る。
「ただ、“誰なんだろうね”みたいな空気はある」
「……そっか」
胸が、少しだけざわつく。
「でも」
綾香が、私の目を見る。
「絶対バレないようにしよ」
はっきりとした声。
「……うん」
強くうなずく。
そのための約束。
昨日、ちゃんとした。
「あとさ」
綾香が、少しだけニヤッとする。
「サウズ、めっちゃかっこよかったじゃん」
「……え?」
予想外の方向に話が飛んで、戸惑う。
「記者会見」
「……ああ……」
思い出す。
画面越しのちと。
いつもより少しだけ大人びて見えた。
「ちゃんと守るって言ってたし」
綾香が、少しだけ嬉しそうに言う。
「幼馴染としては安心したわ」
「……そっか」
胸が、じんわりする。
「……うん」
自然と、少しだけ笑えた。
そのとき。
「ねえ」
知らない声。
びくっとする。
振り向くと、同じクラスの子たち。
2人。
少しだけ興味ありげな目。
「明日香ってさ」
一人が、ちょっと探るように言う。
「昨日のニュース見た?」
「……っ」
来た。
心臓が、一気に跳ねる。
でも。
顔には出さないようにする。
「……見たよ」
なるべく普通に答える。
「やばくない?サウズのやつ」
もう一人が言う。
「まさか熱愛とか」
「びっくりしたよねー」
笑いながら。
軽い感じ。
でも、内心が読めなくて怖い。
「……ね」
相槌を打つ。
声が、ちゃんと出てるか分からない。
「相手誰なんだろ」
一人が、ぐっと近づいてくる。
「めっちゃ気になるんだけど」
距離が近い。
ちょっとだけ、息が詰まる。
そのとき。
「はいはい、その話終わりー」
綾香が、すっと前に出る。
「朝から芸能ニュースとか、元気だね」
軽く笑いながら、さりげなく遮る。
「えーいいじゃん」
「別に」
「だって気になるし」
「分かるけどさ」
綾香が肩をすくめる。
「本人たちが静かにしてって言ってんだから、ほっとけば?」
その言い方が、自然で。
でも、ちゃんと線を引いてる。
「……まあね」
二人は少しだけつまらなさそうにして、
「じゃ、またあとでね」
って去っていった。
「……はぁ……」
気づいたら、息を吐いてた。
「大丈夫?」
綾香が小さく聞く。
「……うん」
うなずく。
でも、手が少し冷たい。
「ナイスカバー」
小さく言うと、
「でしょ?」
ってちょっと得意げに笑う。
「こういうのは任せなさい」
その言葉に、
また少しだけ安心する。
「……ありがと」
素直に言う。
「いいって」
綾香が軽く手を振る。
「これからが本番だから」
「……うん」
その言葉に、
もう一度、気を引き締める。
バレないように。
守るために。
そのまま、二人で教室に向かう。
廊下を歩く。
さっきより、少しだけ視線に慣れた気がする。
……気のせいかもしれないけど。
教室のドアの前で、
一瞬、立ち止まる。
「……行こ」
綾香が小さく言う。
「……うん」
ドアを開ける。
日常の中に、
少しだけ混ざった、非日常。
その中に、私は足を踏み入れた。




