第十話③
「……分かった」
お父さんのその一言で、
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけほどけた気がした。
でも。
完全に安心できるわけじゃない。
まだ、終わってない。
「条件がある」
その続きに、背筋が伸びる。
「……はい」
ちとが、すぐに返事をする。
「まず、娘の生活を最優先にすること」
お父さんの声は、落ち着いてるけど、強い。
「学校、友人関係、将来。そこに支障が出るようなら――」
一瞬、言葉が止まる。
「関係は考え直してもらう」
「……はい」
迷いのない返事。
ちとの声が、しっかりしてる。
「次に」
お父さんの視線が、少しだけ鋭くなる。
「今回のようなことは、二度と起こさないこと」
胸が、ぎゅっとなる。
あの夜のことが、頭に浮かぶ。
「……徹底します」
ちとが、静かに言う。
「変装も、行動も。すべて見直します」
その言葉に、
ほんの少しだけ、安心する。
「最後に」
お父さんの声が、少しだけ柔らかくなる。
「娘を、泣かせないこと」
「……っ」
思わず顔を上げる。
お父さんのその言葉が、
まっすぐ胸に届く。
ちとは、少しだけ目を見開いて――
「……はい」
ゆっくり、でもはっきりとうなずいた。
「約束します」
その一言で、
胸の奥が、じんわり熱くなる。
「……明日香」
お母さんが、優しく呼ぶ。
「あなたは、どうしたいの?」
その質問に、
一瞬だけ言葉が詰まる。
でも。
もう、答えは決まってた。
「……私は」
喉が、少し震える。
「これからも、ちとと一緒にいたい」
ちゃんと、言えた。
逃げなかった。
「……そう」
お母さんが、少しだけ微笑む。
「あなたがそう言うなら、私たちは止めないわ」
その言葉に、
一気に力が抜けそうになる。
「ただし」
お母さんも、少しだけ真面目な顔になる。
「ちゃんと自分のことも大事にすること」
「……うん」
小さくうなずく。
「約束ね」
「うん」
今度は、ちゃんと答えた。
「……ありがとうございます」
早瀬さんが、深く頭を下げる。
「こちらとしても、全力でサポートいたします」
その声は、最初より少しだけ柔らかかった。
でも、やっぱりしっかりしてる。
仕事の人の声。
「……本当に、すみませんでした」
ちとも、もう一度頭を下げる。
その姿を見て、
胸が少し痛くなる。
「……もういい」
お父さんが、静かに言う。
「謝罪は受け取った」
その言葉で、
ようやく一区切りついた気がした。
長かった。
すごく、長く感じた。
「……では、本日はこれで」
早瀬さんが立ち上がる。
そのタイミングで、
ちとも立ち上がる。
「……失礼します」
二人が、頭を下げる。
玄関まで見送るために、
私も立ち上がる。
廊下を歩く。
さっきより少しだけ、空気が軽い。
玄関。
ドアの前で、
早瀬さんが私の方を見た。
「……ごめんね、明日香ちゃん」
さっきと同じ呼び方。
でも、さっきより少しだけ優しい声。
「巻き込んじゃって」
「……いえ」
首を振る。
「私も、同じなので」
そう言うと、
早瀬さんは少しだけ驚いた顔をして――
「……そっか」
小さく笑った。
「強いね」
「……そんなことないです」
すぐに否定する。
全然、強くなんかない。
ただ。
逃げたくないだけ。
「……じゃあ、あとは任せて」
その一言で、
少しだけ安心する。
頼れる大人、って感じ。
「はい」
うなずく。
早瀬さんが外に出る。
ちとも、そのあとに続く。
……と、思ったら。
「……明日香」
小さく呼ばれる。
顔を上げる。
ちとが、少しだけ立ち止まってた。
「……大丈夫か」
その一言。
さっきまでの“外の顔”じゃない声。
いつもの、ちとの声。
「……うん」
答える。
本当は、ちょっと違うけど。
それでも、うなずく。
「……あとで、少しだけ」
「え?」
「いいか」
一瞬、意味が分からなくて。
でもすぐに分かる。
「……うん」
小さくうなずく。
ちとは、それを見て、
ほんの少しだけ安心したように目を細めて――
「じゃあ」
そのまま外に出た。
ドアが閉まる。
静かになる玄関。
「……はぁ……」
その場で、力が抜ける。
終わった。
ひとまず。
でも。
まだ、終わってない。
だって――
ちとが、あとで来るから。
胸が、また少しだけ高鳴った。




