第十話②
午前中は、ずっと落ち着かなかった。
スマホを置いても、すぐ手に取ってしまう。
ニュースアプリ。
SNS。
トレンド。
どこを見ても、その話題ばっかりで。
「……やだ……」
思わず声が漏れる。
サウズ。
熱愛。
一般女性。
その言葉が、何度も目に入る。
私のことじゃないみたいに書かれてるのに、
確実に、私のことだった。
変な感じ。
現実なのに、現実じゃないみたい。
でも――
インターホンが鳴った瞬間、全部が現実に戻った。
「っ……!」
びくって肩が跳ねる。
来た。
たぶん。
ちと。
急いで立ち上がる。
リビングには、お母さんとお父さん。
二人とも、さっきからニュースを見てて、
何も言わないけど、空気がちょっと重い。
「……明日香、出てみなさい」
お父さんの声。
いつもより少しだけ、真面目なトーン。
「……うん」
喉が乾く。
ゆっくり玄関に向かう。
一歩一歩が、やけに重い。
ドアの前で、深呼吸。
手を伸ばして、インターホンの画面を見る。
――フードにマスク。
でも。
分かる。
「……ちと」
小さく呟いて、鍵を開けた。
ドアを開ける。
「……」
一瞬、言葉が出なかった。
そこにいたのは、
いつもみたいに変装してるちとと、
その隣に立ってる人。
見慣れた顔。
スーツ姿だけど、なんだか少しだけ安心する。
「……早瀬さん」
思わず名前が出た。
「久しぶり、明日香ちゃん」
軽く笑って、手を上げる。
その感じが、いつも通りで。
一瞬だけ、ほっとする。
「……ごめんね、こんな形で」
少しだけ困ったように笑う早瀬さん。
その声に、胸がぎゅっとなる。
「……いえ……」
うまく言えない。
でも。
責めたい気持ちは、全然なかった。
横を見る。
ちと。
さっきより、少しだけ緊張してる気がする。
「……入って」
小さく言う。
二人を中に通す。
リビングに案内する。
「失礼します」
その瞬間。
空気が、変わった。
早瀬さんの声のトーンが、少し低くなる。
さっきまでの柔らかさが、すっと引いていく。
お父さんとお母さんの前に立ったとき、
早瀬さんは、きれいに姿勢を正して――
「本日は、お時間をいただきありがとうございます」
深く、頭を下げた。
その動きに、
さっきまでの“知ってる人”じゃない感じがして、
少しだけ、距離を感じる。
「メモリア・コードのマネージャーをしております、早瀬と申します」
完全に、仕事の顔。
「……どうぞ」
お父さんの一言で、
全員が座る。
私は、お母さんの隣。
ちとは、少し離れた位置。
その隣に、早瀬さん。
さっきまで少しあった安心感が、
また、緊張に変わる。
静かすぎて、息の音が聞こえそう。
「本日は、このような形でご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございません」
早瀬さんが、改めて頭を下げる。
さっきとは違う、しっかりした謝罪。
「今回の件は、本人の判断の甘さ、そして我々の管理体制の不備によるものです」
言葉が、すごく真剣で。
軽さが一切ない。
「すでに記者会見は行い、事実関係と今後の対応について説明しております」
記者会見。
やっぱり、ちゃんとやったんだ。
「……映像は拝見しました」
お父さんが、静かに言う。
「誠実な対応だったと思います」
「……ありがとうございます」
早瀬さんが、少しだけ頭を下げる。
でも、すぐに表情が引き締まる。
「ですが」
お父さんのその一言で、空気がまた張りつめる。
「娘のこととなると、話は別です」
「……はい」
早瀬さんが、真っ直ぐにうなずく。
「当然のことと受け止めております」
逃げない。
その姿勢が、はっきり分かる。
少しの沈黙。
「……本人からも、話をさせてください」
早瀬さんが、ちとの方を見る。
「小柴」
名前を呼ばれる。
ちとが、ゆっくり立ち上がった。
そして。
マスクを外した。
「……っ」
分かってたのに、
胸が大きく揺れる。
「……突然、このような形になってしまい、申し訳ありません」
深く、頭を下げる。
「俺の軽率な行動で、明日香さんに迷惑をかけました」
“明日香さん”。
その呼び方に、
ちゃんと線を引いてるのが分かる。
「まだ高校生で……未熟な部分も多く」
少しだけ言葉を選んで、
「これ以上、騒ぎが大きくならないよう、最大限配慮していきます」
静かに続ける。
「明日香さんの生活を守ることを、最優先に考えています」
その言葉で、
胸の奥がじんわり熱くなる。
「……」
お母さんが、ちらっと私を見る。
優しい目。
少しだけ、安心する。
「……ひとつ、聞いてもいいかな」
お父さんが口を開く。
「はい」
ちとが、まっすぐ答える。
「君は――この先も、娘と付き合うつもりか」
空気が止まる。
心臓の音が、うるさい。
ちとは、
迷わなかった。
「はい」
はっきりとした声。
「大切な人なので」
まっすぐ。
逃げない言葉。
「これからも、変わらず大切にします」
涙が出そうになる。
「……」
お父さんは、少しだけ考えて、
ゆっくり息を吐いた。
「……分かった」
その一言で、
少しだけ、空気がやわらいだ気がした。




