第十話①
――朝。
スマホの通知音で、目が覚めた。
まだ布団の中で、ぼんやりしたまま画面を開く。
「……え?」
最初に目に入ったのは、見慣れないニュースアプリの速報だった。
《メモリア・コード・サウズ 熱愛か》
一瞬、意味が分からなかった。
心臓が、どくんって大きく鳴る。
「……は?」
指が震えて、記事をタップする。
スクロール。
写真。
――息が止まった。
暗い夜道。
ライブ会場の外。
人混みの隙間みたいな場所で、
男の人と、女の人。
距離が、近い。
すごく近い。
顔ははっきり写ってない。
私の顔も、見えない。
でも。
でも――
「……これ、」
声が出ない。
あの日。
ライブが終わったあと。
バスに乗る前に、ちとに会った。
変装はしてたけど、
正直、あのときは――ちょっと甘かった。
フードも、マスクも。
完璧じゃなかった。
「……嘘でしょ……」
手が冷たい。
画面の中の文章が、頭に入ってこない。
《サウズと思われる人物と一般女性》
《親密な様子》
《関係性に注目が集まる》
やめて。
やめてよ。
そんな風に書かないで。
ただ、会ってただけなのに。
ただ、好きな人と、少しだけ話しただけなのに。
胸がぎゅっと苦しくなる。
「……っ」
スマホを握りしめたまま、
私はゆっくり起き上がった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだった。
どうしよう。
どうなるの。
ちと、大丈夫かな。
バンドは?
メモリコは?
……私のせい?
あのとき、もう少しちゃんとしてたら――
「違う……」
思わず、首を振る。
責めても、何も変わらない。
でも、怖い。
すごく、怖い。
そのとき。
――ピロン。
メッセージ通知。
画面に表示された名前。
「……ちと」
息を止めて、開く。
《起きてる?》
たった一言なのに、
それだけで、涙が出そうになる。
すぐに打つ。
《起きてる》
送信。
既読がつくのが、やけに早かった。
《見たよな》
《うん……》
少し間が空く。
その数秒が、すごく長く感じる。
《ごめん》
「……っ」
ダメ。
それ、言わないで。
慌てて打つ。
《違うよ》
《ちとのせいじゃない》
送ったあと、胸がぎゅっとなる。
本当は、分からない。
誰のせいかなんて。
でも。
ちとに「ごめん」なんて言わせたくない。
また返信。
《いや、俺の判断ミスだ》
《変装、甘かった》
画面がにじむ。
《……私も》
《止めればよかった》
本音が、勝手に出てくる。
あのとき。
もっと気をつけてたら。
もっと距離取ってたら。
《明日香は悪くない》
即答だった。
《絶対に》
その言葉に、胸が締め付けられる。
優しい。
ほんとに、優しい。
だから余計に、苦しい。
《今、事務所で会議してる》
《メンバーもマネージャーもいる》
《あとで、ちゃんと対応する》
「……会議」
現実なんだ、って思い知らされる。
これ、ただの噂じゃない。
もう、動いてる。
大人も、巻き込んで。
大きな話になってる。
《……大丈夫?》
打ちながら、自分でも分かる。
全然、大丈夫じゃないのに。
《大丈夫じゃないけど》
《ちゃんと守る》
その一文で、
心臓が、ぎゅっとなった。
守るって。
何を。
どうやって。
《明日香のこと》
――息が止まる。
画面を見つめたまま、動けない。
《顔は写ってない》
《絶対に特定させない》
《だから安心しろ》
涙が、ぽろっと落ちた。
「……ばか」
小さく呟く。
安心なんて、できるわけない。
でも。
それでも。
ちとの言葉は、ちゃんと届く。
怖いのに。
不安なのに。
少しだけ、心が落ち着く。
《あとで行く》
《マネージャーと一緒に》
《ちゃんと話す》
――え。
《うちに?》
《ああ》
心臓が一気に跳ねる。
両親。
説明。
謝罪。
頭の中が追いつかない。
《大丈夫》
《逃げないから》
その言葉に、
胸の奥がじんわり熱くなる。
逃げない。
ちゃんと向き合うってこと。
怖いはずなのに。
それでも来るって言ってくれる。
《……うん》
それしか打てなかった。
《待ってる》
送信してから、
スマホを胸に抱きしめる。
「……どうしよう……」
小さく呟く。
でも。
逃げたくないのは、
きっと私も同じだった。




