第九話③
ゲームが始まって、しばらく。
「ちょ、待って、今のなし!」
「なしじゃない」
「絶対ずるい」
「普通にやっただけ」
「うそだ」
そんなやり取りをしながら、私はコントローラーを握る。
隣には、ちと。
さっきよりずっと近い距離。
肩が、ほとんどずっと触れてる。
最初はちょっと気になってたのに。
今はもう、ほとんど気にならない。
それよりも。
ゲームに集中してるはずなのに、意識の一部がずっと隣にある。
「ほら、またミスった」
「今のは操作が悪い」
「言い訳」
「言い訳じゃない」
ちとは少し笑いながら言う。
その声が近くて、少しだけドキッとする。
私は少しだけ体をずらす。
でも、結局また元の距離に戻る。
離れる理由がない。
むしろ、この距離のほうが自然になってきてる。
「……ねぇ」
「うん?」
「近くない?」
「今さら?」
ちとはあっさり言う。
なんか悔しい。
「気にならないの?」
「気になるよ」
「え」
思わずちとを見る。
ちともこっちを見ていた。
目が合う。
一瞬、時間が止まる。
「でも」
ちとはそのまま続ける。
「嫌じゃない」
その言葉に、胸が少しだけ強く鳴る。
私はすぐに視線をそらした。
「……私も」
小さく言う。
ゲームの画面を見るふりをしながら。
でも、全然集中できてない。
「明日香、今それ絶対操作してないだろ」
「してる」
「してない」
「してるって」
そんなやり取りをしながらも、さっきとは少し違う空気。
軽いのに。
どこか、落ち着かない。
いい意味で。
試合が終わる。
結果は――
「負けた……」
「勝った」
ちとが小さくガッツポーズをする。
「悔しい」
「集中してなかっただろ」
「してた」
「してない顔してた」
図星すぎて、何も言えない。
私はコントローラーを置いて、少しだけため息をつく。
「もう一回やる?」
「どうする?」
ちともコントローラーを置く。
そのまま、少しだけ沈黙。
さっきまでのゲームの空気が、ゆっくり落ち着いていく。
そして残るのは。
やっぱり、この距離。
私は少しだけ体を倒して、ベッドにもたれた。
ちとはそのまま床に座ってる。
でも、距離は近いまま。
「……なんかさ」
私が言う。
「今日、変な感じ」
「どういう意味?」
「ずっとドキドキしてる」
正直すぎる言葉。
言ったあとで、少しだけ後悔する。
でも、ちとは少しだけ驚いた顔をしてから、静かに言った。
「俺も」
その一言で、全部どうでもよくなる。
私は少しだけ笑った。
「そっか」
「うん」
短い会話。
でも、それで十分だった。
私は少しだけ体を起こす。
そして。
なんとなく、ちとの肩に寄りかかった。
一瞬、間がある。
でも、ちとは何も言わない。
そのまま、受け入れてくれる。
その自然さが、すごく心地いい。
私は少しだけ目を閉じる。
静か。
ゲームの音も止まって。
外の音も遠くて。
ここだけ、切り取られたみたい。
「……ねぇ」
「うん」
「こういうの、いいね」
「いいな」
ちとの声が、すぐ近くで聞こえる。
私は小さく頷いた。
外ではできないこと。
でも、ここならできること。
その一つ一つが、ちゃんと形になっていく。
「次もさ」
「うん」
「こうやって過ごそう」
ちとは少しだけ笑った。
「ああ」
その答えに、迷いはなかった。
私はそのまま、少しだけ体重を預ける。
ちとも、少しだけ支える。
言葉は少ないけど。
ちゃんと伝わってる。
私たちは今。
ちゃんと、恋人みたいに過ごしてる。
誰にも知られずに。
でも、確かに――ここにある関係として。




