第九話②
部屋の中は、静かだった。
さっきまでの話も終わって。
もう、やるべきことは全部終わったみたいな空気。
私はベッドに座って、ちとを見た。
ちとは床に座って、少しだけこっちを見上げる。
目が合う。
なんとなく、笑いそうになる。
「……さて」
私が言う。
「何しよっか」
ちとは少しだけ考える顔をした。
「急に言われると困るな」
「だよね」
「でも、時間はある」
「うん」
その言葉に、少しだけ安心する。
急がなくていい。
誰かに見られる心配もない。
ただ一緒にいられる時間。
それが、すごく久しぶりな気がする。
少しだけ沈黙。
でも、その沈黙は重くない。
むしろ、やわらかい。
私はなんとなく、ベッドから降りた。
ちとの隣に座る。
距離が、さっきより近い。
肩が触れそうなくらい。
でも、まだ触れない。
少しだけ、間がある。
ちとは何も言わなかった。
ただ、少しだけこっちを見る。
その視線に気づいて、私は少しだけ息を吸った。
なんか、変に意識する。
外じゃ絶対にできない距離。
ここだけの距離。
「……ねぇ」
「うん」
「ちょっとだけ」
自分でも何を言おうとしてるのか分かりながら、言葉にする。
「近くてもいい?」
ちとは一瞬だけ目を細めて、それから小さく頷いた。
「いいよ」
その声は、やわらかい。
私は少しだけ体を寄せた。
肩が、触れる。
ほんの少しだけ。
それだけなのに、心臓が少しうるさい。
ちとは少しだけ息を吐いた。
それから。
ゆっくりと、腕を伸ばす。
一瞬、迷うみたいな間。
でも。
次の瞬間、私は軽く引き寄せられた。
「……え」
声が小さく出る。
ちとの腕の中。
抱きしめられてる。
強すぎない。
でも、離れないくらいの力。
その距離に、一気に現実感がなくなる。
「ごめん」
ちとが小さく言う。
「嫌だったら――」
「やじゃない」
反射みたいに言っていた。
少しだけ顔が熱い。
でも、離れたいとは思わなかった。
むしろ――
落ち着く。
ちとの体温。
服越しに伝わる温かさ。
心臓の音が、少し近くで聞こえる気がする。
私は少しだけ力を抜いた。
体を預ける。
そのまま、目を閉じる。
「……なんか」
私が小さく言う。
「安心する」
ちとは少しだけ動いて、私の頭に軽く触れた。
「それならよかった」
その声が、すごく近い。
少しだけ時間が止まったみたいに感じる。
何もしてないのに。
ただ、こうしてるだけなのに。
すごく満たされる。
外じゃできないこと。
でも、ここならできること。
その一つひとつが、なんか特別に思える。
私は少しだけ顔を上げた。
距離が近い。
思ったより近い。
一瞬、目が合う。
なんか、ちょっと恥ずかしくて、すぐに視線をそらした。
「……ねぇ」
「うん」
「これ、ずっとやってたら何もできないね」
ちとは小さく笑った。
「確かに」
少しだけ力がゆるむ。
でも、完全には離れない。
その距離のまま。
私は少しだけ笑った。
「なんかしよ」
「何する?」
「ゲームとか」
「いいな」
ちとはやっと少しだけ離れた。
でも、距離は近いまま。
完全には元に戻らない。
それがなんか、ちょうどよかった。
私はコントローラーを取りに行く。
振り返ると、ちとがこっちを見ていた。
さっきまでとは少し違う表情。
でも、嫌じゃない。
むしろ――
ちょっとだけ、ドキッとする。
「ほら、やろ」
「ああ」
ちとは立ち上がって、隣に来る。
また、距離が近い。
さっきよりも、自然に。
私はテレビの前に座って、ゲームを起動する。
その横に、ちと。
肩が軽く触れる。
さっきより、気にならない。
むしろ、それが普通みたいに感じる。
コントローラーを渡す。
「負けないからね」
「それはこっちのセリフ」
そんなやり取りをしながら。
私たちは、少しずつ。
いつもの関係から。
もう少しだけ近い関係に、なっていく。




