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トーノブユース  作者: ふなつさん


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30/45

第九話①

冬休みも、半分くらい過ぎた頃。

 私は、自分の部屋で落ち着かないまま時計を見ていた。

(もうすぐだ……)

 ちとが、うちに来る。

 ちゃんと。

 家に。

 それって、なんかすごく大きなことな気がして、少しだけ緊張していた。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴る。

 心臓が一気に跳ねた。

 急いで玄関に向かって、モニターをのぞく。

 そこに映っていたのは――

 一瞬、誰だかわからなかった。

 ニット帽をかぶっていて、マスクもしている。

 でも。

(あ、ちとだ)

 なんとなく、わかる。

 雰囲気とか、立ち方とか。

 そういうので。

 私はドアを開けた。

「いらっしゃい」

「お邪魔します」

 いつもの声。

 少しだけほっとする。

 ちとは自然に靴を揃えて上がった。

 特に大げさでもなく、でもちゃんと周りに気をつけてる感じ。

 その“いつも通りっぽいけど違う感じ”が、少しだけリアルだった。

「お母さんいる?」

「うん、リビング」

「……そっか」

 ちとは一度だけ小さく息を吐いた。

 たぶん、ちょっと緊張してる。

 私は先にリビングに入る。

「お母さん、来たよ」

「はーい」

 振り返ったお母さんの視線の先に、ちとが入ってくる。

「こんにちは」

 軽く頭を下げる。

「あら、こんにちは」

 お母さんはいつも通りの感じで返す。

 特に違和感もなくて、少し安心する。

「小柴千都世です」

「明日香から聞いてるわ」

 お母さんはにこっと笑った。

 私はそのやり取りを見ながら、少しだけ息を整える。

 ――大丈夫。

 ちゃんと、普通。

「座っていいよ」

「失礼します」

 ちとはきちんと座る。

 私も隣に座るけど、なんか少しだけ落ち着かない。

 でも。

 ここからが大事。

 私は、ちょっとだけ覚悟を決める。

 ちとは一度だけ私を見て、それからお母さんに向き直った。

「今日は、お話があって来ました」

 その声は、まっすぐだった。

「明日香とお付き合いさせてもらってます」

 きちんとした言い方。

 お母さんは静かに頷く。

「ええ、聞いてるわ」

 ここまでは、予定通り。

 そして。

 ちとが続ける。

「そのことも含めて、今日は正直にお話しさせてください」

 その言葉に、少しだけ空気が変わる。

 私は横で、そっと手を握った。

 膝の上で。

 見えないように。

「自分の事情で、外で長時間一緒に過ごすことが難しいです」

 ゆっくり、丁寧に。

「なので、これから会うときは、明日香の家にお邪魔させていただく形になると思います」

 お母さんは、何も言わずに聞いている。

「勝手なお願いなのは分かっています」

 ちとは少しだけ頭を下げた。

「それでも、許していただけたら嬉しいです」

 静かな時間。

 私は息を止める。

 お母さんは少し考えてから、口を開いた。

「ちゃんと話してくれるのね」

 その一言に、少しだけ空気がやわらぐ。

「はい」

 ちとはすぐに答える。

「明日香のこと、大切にしたいので」

 その言葉に、胸がじんわりする。

 お母さんは私を一度見て、それからちとに戻る。

「明日香」

「なに」

「いい子じゃない」

「……うん」

 ちょっと照れる。

 お母さんは小さく笑ってから言った。

「条件付きでいいわ」

「……ありがとうございます」

「門限は守ること」

「はい」

「騒がないこと」

「はい」

「あと」

 少しだけ間。

「明日香を泣かせないこと」

 ちとはしっかり頷いた。

「約束します」

 迷いのない声だった。

 お母さんは満足そうに頷く。

「じゃあ、いいわ」

 その一言で。

 全部が決まる。

「ありがとうございます」

 ちとはもう一度、頭を下げた。

 私はやっと息を吐く。

(よかった……)

 ちゃんと話して。

 ちゃんと認めてもらえた。

 それだけで、すごく安心する。

「明日香、部屋で話してきなさい」

「うん」

 私は立ち上がる。

 ちとも一緒に立つ。

 階段を上って、自分の部屋の前へ。

 ドアを開ける。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 部屋に入る。

 ドアを閉める。

 二人きり。

 ちとは軽くマスクを外して、ふっと息を吐いた。

「……ちょっと緊張した」

「してたね」

「そっちも」

「うん」

 思わず笑う。

 さっきまでの空気が、少しずつほどけていく。

 私はベッドに座りながら言った。

「でも、ちゃんと話してくれて嬉しかった」

 ちとは少しだけ照れた顔をする。

「ちゃんとしとかないとな」

「うん」

 私は頷く。

 これで。

 これからは。

 外じゃなくても。

 この部屋で――

 ちゃんと会える。

 誰にも知られないまま。

 でも。

 ちゃんと認められた関係として。

 少し不思議で。

 でも、すごく安心する。

 そんな新しい時間が、始まった。

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