第九話①
冬休みも、半分くらい過ぎた頃。
私は、自分の部屋で落ち着かないまま時計を見ていた。
(もうすぐだ……)
ちとが、うちに来る。
ちゃんと。
家に。
それって、なんかすごく大きなことな気がして、少しだけ緊張していた。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
心臓が一気に跳ねた。
急いで玄関に向かって、モニターをのぞく。
そこに映っていたのは――
一瞬、誰だかわからなかった。
ニット帽をかぶっていて、マスクもしている。
でも。
(あ、ちとだ)
なんとなく、わかる。
雰囲気とか、立ち方とか。
そういうので。
私はドアを開けた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
いつもの声。
少しだけほっとする。
ちとは自然に靴を揃えて上がった。
特に大げさでもなく、でもちゃんと周りに気をつけてる感じ。
その“いつも通りっぽいけど違う感じ”が、少しだけリアルだった。
「お母さんいる?」
「うん、リビング」
「……そっか」
ちとは一度だけ小さく息を吐いた。
たぶん、ちょっと緊張してる。
私は先にリビングに入る。
「お母さん、来たよ」
「はーい」
振り返ったお母さんの視線の先に、ちとが入ってくる。
「こんにちは」
軽く頭を下げる。
「あら、こんにちは」
お母さんはいつも通りの感じで返す。
特に違和感もなくて、少し安心する。
「小柴千都世です」
「明日香から聞いてるわ」
お母さんはにこっと笑った。
私はそのやり取りを見ながら、少しだけ息を整える。
――大丈夫。
ちゃんと、普通。
「座っていいよ」
「失礼します」
ちとはきちんと座る。
私も隣に座るけど、なんか少しだけ落ち着かない。
でも。
ここからが大事。
私は、ちょっとだけ覚悟を決める。
ちとは一度だけ私を見て、それからお母さんに向き直った。
「今日は、お話があって来ました」
その声は、まっすぐだった。
「明日香とお付き合いさせてもらってます」
きちんとした言い方。
お母さんは静かに頷く。
「ええ、聞いてるわ」
ここまでは、予定通り。
そして。
ちとが続ける。
「そのことも含めて、今日は正直にお話しさせてください」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
私は横で、そっと手を握った。
膝の上で。
見えないように。
「自分の事情で、外で長時間一緒に過ごすことが難しいです」
ゆっくり、丁寧に。
「なので、これから会うときは、明日香の家にお邪魔させていただく形になると思います」
お母さんは、何も言わずに聞いている。
「勝手なお願いなのは分かっています」
ちとは少しだけ頭を下げた。
「それでも、許していただけたら嬉しいです」
静かな時間。
私は息を止める。
お母さんは少し考えてから、口を開いた。
「ちゃんと話してくれるのね」
その一言に、少しだけ空気がやわらぐ。
「はい」
ちとはすぐに答える。
「明日香のこと、大切にしたいので」
その言葉に、胸がじんわりする。
お母さんは私を一度見て、それからちとに戻る。
「明日香」
「なに」
「いい子じゃない」
「……うん」
ちょっと照れる。
お母さんは小さく笑ってから言った。
「条件付きでいいわ」
「……ありがとうございます」
「門限は守ること」
「はい」
「騒がないこと」
「はい」
「あと」
少しだけ間。
「明日香を泣かせないこと」
ちとはしっかり頷いた。
「約束します」
迷いのない声だった。
お母さんは満足そうに頷く。
「じゃあ、いいわ」
その一言で。
全部が決まる。
「ありがとうございます」
ちとはもう一度、頭を下げた。
私はやっと息を吐く。
(よかった……)
ちゃんと話して。
ちゃんと認めてもらえた。
それだけで、すごく安心する。
「明日香、部屋で話してきなさい」
「うん」
私は立ち上がる。
ちとも一緒に立つ。
階段を上って、自分の部屋の前へ。
ドアを開ける。
「どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に入る。
ドアを閉める。
二人きり。
ちとは軽くマスクを外して、ふっと息を吐いた。
「……ちょっと緊張した」
「してたね」
「そっちも」
「うん」
思わず笑う。
さっきまでの空気が、少しずつほどけていく。
私はベッドに座りながら言った。
「でも、ちゃんと話してくれて嬉しかった」
ちとは少しだけ照れた顔をする。
「ちゃんとしとかないとな」
「うん」
私は頷く。
これで。
これからは。
外じゃなくても。
この部屋で――
ちゃんと会える。
誰にも知られないまま。
でも。
ちゃんと認められた関係として。
少し不思議で。
でも、すごく安心する。
そんな新しい時間が、始まった。




