第八話②
ライブが終わって。
人の流れに押されながら、私は会場の外に出た。
さっきまでの熱が嘘みたいに、外は寒い。
「……はぁ」
白い息が広がる。
でも、体の中はまだ熱いままだった。
耳の奥に、さっきの音が残ってる。
ちとの声。
ギターの音。
歓声。
全部が、まだ消えてない。
(すごかったな……)
自然と笑ってしまう。
そして。
同時に、思い出す。
――このあと、会う。
胸が少しだけ高鳴る。
私はスマホを取り出した。
メッセージは一件。
『少し時間かかる。終わったら連絡する』
短い文章。
でも、それだけで十分だった。
(うん、待ってる)
心の中で返事をして、スマホを閉じる。
人混みから少し離れた場所に移動する。
街灯の下。
人通りはあるけど、さっきよりは落ち着いてる。
私はコートのポケットに手を入れて、じっと待った。
時間が、ゆっくり流れる。
さっきまでのライブの余韻と。
これからの時間への期待で。
少しだけ、現実感が薄い。
どれくらい経ったのか分からない頃。
スマホが震えた。
『今出る』
それだけ。
私は思わず姿勢を正した。
入口の方を見る。
関係者用の出口。
そこから、スタッフらしき人たちが何人か出てくる。
その中に。
一人、少しだけ雰囲気の違う人がいた。
黒いキャップ。
マスク。
フード付きのコート。
顔はほとんど見えない。
でも。
わかる。
(ちとだ)
その人は、周りを少し確認してから、こっちに歩いてきた。
そして。
私の前で立ち止まる。
「……待たせた」
小さな声。
でも、間違いなくちとの声。
「ううん。全然」
私も自然と声を小さくする。
近くに人はいる。
誰が聞いてるかわからない。
ちとは軽く周りを見てから言った。
「ちょっと歩く?」
「うん」
私たちは並んで歩き出した。
距離は、ほんの少しだけ空けて。
手も繋がない。
目もあまり合わせない。
なんか、変な感じ。
でも。
それが今の「正しい距離」なんだと思う。
少し歩いて、人通りが減ったところで。
ちとがふっと息を吐いた。
「……ライブ、どうだった?」
「すごかった」
即答だった。
「文化祭もすごかったけど、今日もっとすごかった」
「そっか」
ちとは少しだけ笑う。
「よかった」
その一言が、なんか嬉しい。
「ちと、かっこよかったよ」
「……ありがとう」
少しだけ照れたみたいに言う。
その反応が、いつものちとで。
ちょっと安心する。
「でもさ」
私は少し声を落とした。
「こうやって会うの、やっぱり大変だね」
ちとは少しだけ黙った。
そして、ゆっくり頷く。
「まぁな」
「さっきも、めっちゃ周り気にしてたし」
「そりゃ気にするよ」
ちとは苦笑する。
「一応、顔出ししたばっかだし」
「だよね」
少しだけ間。
夜の空気が冷たい。
「……今日もさ」
ちとが続ける。
「来るかどうか、正直迷った」
私は少し驚いて、ちとを見る。
「え」
「リスクはあるし」
その言葉は、すごく現実的で。
少しだけ胸に刺さる。
「でも」
ちとは続けた。
「会いたかったから来た」
その一言で、全部どうでもよくなる。
「……私も」
自然に言葉が出た。
少しだけ沈黙。
でも、嫌じゃない。
むしろ、落ち着く。
「……ちゃんと話したんだ」
ちとがぽつりと言う。
「メンバーと、マネージャーに」
「え?」
「今日みたいに会うこと」
私は少しだけ息をのんだ。
「なんて?」
「最初は普通に反対された」
ちとは苦笑する。
「そりゃそうだよね」
「うん」
「でも、全部話した」
少しだけ間。
「明日香のこと」
胸がドクンって鳴る。
「そしたら?」
「条件付きでOK」
「条件?」
「絶対バレないようにすること。外で長時間一緒にいないこと。写真撮られる可能性ある場所は避けること」
「……ちゃんとしてる」
「まぁな」
ちとは少しだけ肩をすくめた。
「あと」
「うん」
「メンバーにも言われた」
「なにを?」
「“守れよ”って」
その言い方が、なんか少しだけ優しくて。
私は小さく笑った。
「いい人たちだね」
「うん」
ちとは迷いなく頷く。
少しだけ沈黙。
私は足元を見ながら言った。
「……じゃあさ」
「うん」
「ちゃんと守ろう」
ちとは少しだけ驚いた顔をした。
「私たちのこと」
「……ああ」
「誰にもバレないように」
少しだけ顔を上げて、ちとを見る。
「秘密にしよ」
ちとは一瞬だけ何かを考えてから、ゆっくり頷いた。
「……そうだな」
その声は、少しだけ真剣だった。
「約束」
「うん、約束」
短い言葉。
でも、それはすごく重くて。
すごく大事なものだった。
夜の街の中で。
私たちは、誰にも知られない約束をした。
このときは、まだ知らなかった。
この約束が。
あとで、大きな意味を持つことになるなんて。




