第八話①
明日から冬休み。
あの文化祭から、それなりに時間が経った。
季節はすっかり変わって、吐く息は白くて。
制服の上にコートを着るのが当たり前になっていた。
でも。
あの日のことは、今でもはっきり覚えてる。
メモリア・コードのライブ。
アンコール。
そして――顔出し。
あれから。
世界は、少しだけ変わった。
ニュースにもなったし、SNSでもずっと話題だった。
「サウズ、ついに顔出し」
「正体は現役高校生」
そんな見出しを、何度も見た。
でも。
それ以上のことは、出ていない。
どこの学校なのかも。
本名も。
詳しいことは、何も。
だから。
学校では――。
「サウズってさ、どこの高校なんだろ」
「絶対都内だよね」
「いや、違うかもよ?」
そんな会話は、よく聞く。
でも。
誰も知らない。
その正体が。
私の彼氏だってことも。
そして。
その彼氏が、別の高校に通ってるってことも。
――ちゃんと隠れてる。
少なくとも、今は。
「明日香さ」
隣でニヤニヤしてる、綾香だけは別だけど。
「最近、顔に出てるよ」
「なにが」
「“私の彼氏サウズです”って顔」
「出てない!」
思わず小声で言い返す。
廊下だから、周りに人もいるし。
綾香は楽しそうに笑った。
「まぁバレてないからいいけどさ」
「絶対気をつけなよ」
「うん……」
私は小さく頷いた。
本当に、その通りだと思う。
今の関係は。
まだ、外に出していいものじゃない。
「てかさ」
綾香が続ける。
「今日行くんでしょ」
「……うん」
私は少しだけ声を落とした。
「ライブ」
「いいなー」
綾香がため息をつく。
「私も行きたかった」
「チケット取れなかったの?」
「無理無理。倍率えぐいって」
だよね、と思う。
私の手の中にあるチケット。
それがどれだけすごいものか、ちゃんとわかってる。
「楽しんできなよ」
「……うん」
「あと」
綾香が少しだけ真面目な顔になる。
「終わったあと、会うんでしょ」
一瞬、ドキッとする。
「大丈夫だよー
こんな声量誰にも聞こえないって」
綾香が笑う。
「ごめん」
「まぁいいけど」
少しだけ間。
「気をつけなよ」
「……うん」
その一言の意味を、私はちゃんと理解していた。
そして、今日。
私は電車に乗っていた。
手には、一枚のチケット。
メモリア・コード ワンマンライブ
外は寒いのに、手のひらだけ少し汗ばんでいる。
周りには同じ目的の人がたくさんいた。
グッズを身につけてる人。
友達と話してる人。
一人で静かに待ってる人。
私も、その中の一人。
少し前まで「ファン」だった私が。
今は、あのサウズの彼女という自覚を持って来ていて。
でも。
やっぱり。
この気持ちは変わらない。
メモリコのライブが楽しみ。
会場に着くと、すでに人でいっぱいだった。
「すご……」
思わず声が出る。
列ができている。
スタッフの人たちが忙しそうに動いている。
寒いはずなのに、空気はどこか熱い。
私はチケットを握りしめながら、列に並んだ。
心臓が少しずつ速くなる。
文化祭とは違う。
これは完全に「ライブ」。
でも。
ステージに立つのは、ちと。
その事実が、少しだけ不思議な感じをくれる。
中に入ると、さらにすごかった。
広いフロア。
高い天井。
大きなステージ。
照明も音響も、全部が本格的。
私は少し前の方に立った。
周りはぎゅうぎゅう。
でも、その圧も含めてライブだと思う。
開演時間が近づく。
照明が少しずつ落ちていく。
ざわめきが大きくなる。
そして。
完全に暗くなった瞬間。
歓声が爆発した。
ドラムの音。
ギターの音。
そして――。
声。
あの声。
ライトが一気に点く。
ステージの中央に立っているのは。
ちと――サウズ。
もう狐の面はない。
素顔のまま。
堂々と立っている。
歓声が、文化祭のときとは比べ物にならないくらい大きい。
「サウズー!!」
「かっこいい!!」
「やばい!!」
声が波みたいに押し寄せる。
私はその中で、ただステージを見ていた。
ちとはマイクを持って、少し笑った。
「……来てくれてありがとう」
その一言で、また歓声が上がる。
「今日は、全部見せるから」
ギターを構える。
「いこう」
音が鳴る。
ライブが始まる。
文化祭のときもすごかった。
でも。
今日のライブは、もっとすごい。
音が大きい。
照明が派手。
観客の熱も違う。
でも、一番違うのは。
ちとの表情。
隠してない。
全部、出てる。
歌うたびに、表情が変わる。
楽しそうで。
苦しそうで。
でも全部、本気で。
私は目を離せなかった。
(すごい……)
胸が熱くなる。
この人は、本当にすごい人なんだって。
改めて思う。
曲が進むたびに、会場はどんどん熱くなる。
手を上げて。
声を出して。
みんなが一つになる。
その中心に、ちとがいる。
最後の曲が終わったとき。
会場は拍手と歓声で埋め尽くされた。
ちとは少し息を切らしながら笑った。
「ありがとう」
その言葉が、すごくまっすぐで。
私は、思った。
(やっぱり)
ステージの上で輝いてる。
この人は。
(かっこいいな……)
彼氏とか関係なく。
ただ一人のファンとしても。
そう思った。
そして。
ライブが終わる。
でも。
私の中では、まだ終わっていなかった。
だって。
このあと――
ちとと、会うから。




