第七話②
バスの中は、静かだった。
さっきまであんなにたくさんの音に囲まれていたのに、今は私とちとの呼吸の音だけが聞こえる。
変な感じ。
でも。
落ち着く。
私は少しだけちとに近づいて、向かいの席に座った。
距離が、妙に近く感じる。
「……改めて、驚いた?」
「うん。めちゃくちゃ」
「だよな」
ちとは苦笑いする。
私は少し考えてから言った。
「びっくりしたし、意味わかんなかったし、頭真っ白になった。でも……ちゃんと、ちとだった」
ちとは一瞬だけ目を見開いて、それから少し安心したみたいに笑った。
「そっか」
「うん」
また少し沈黙。でもさっきよりは、ずっとやわらかい空気だった。
「……ねぇ、なんで今日にしたの?顔出し」
ちとは少しだけ考えてから答えた。
「タイミングは前から考えてた。でも決めたのは最近」
「……私のせい?」
「せいっていうか、きっかけ」
私は何も言えなかった。
「明日香がさ、文化祭にメモリコ来るって言ったとき」
「ああ……」
あの日のことを思い出す。
「そのとき思ったんだよ。このままだと、同じ場所にいるのに、ずっと隠したままになるって。それ、嫌だなって」
胸が少しだけ締め付けられる。
「だから決めた」
私はゆっくり息を吐いた。
なんていうか、すごくちとらしい。
「……ありがと。言ってくれて」
ちとは少しだけ戸惑った顔をする。
「怒ってないの?」
「怒る理由ある?」
「いや……隠してたし」
私は少し考えてから言った。
「それは、ちとが頑張ってたってことでしょ。学校もバンドも、両方ちゃんとやってたんだなって思った」
ちとは少しだけ黙った。
「……そういう反応なんだ」
「どんな反応だと思ってたの?」
「もっとこう、怒るとか、泣くとか、離れるとか」
私は首を横に振る。
「しないよ。だって、好きだもん」
一瞬、時間が止まったみたいだった。
ちとが固まる。
「……それ今言う?」
「え、だめ?」
「だめじゃないけど」
ちとは顔をそらした。耳が少し赤い。
私はちょっとだけ笑った。
「ねぇ、サウズってさ、結構モテるでしょ」
ちとは一瞬だけ嫌そうな顔をした。
「まぁ……」
「だよね」
「でも、興味ない。俺が好きなのは、明日香だから」
胸がドクンって鳴る。
なんか、ずるい。
私は少しだけ視線をそらした。
「……ずるい。サウズがそれ言うの」
「サウズじゃなくて、千都世」
「……うん」
その呼び方に、少しだけ安心する。
私は小さく息を吐いた。
「でもさ、これからどうするの?顔出ししたし、学校とか大変じゃない?」
ちとは少し考えてから答えた。
「まぁ、大変だと思う。でも、隠してるよりはいい」
「そっか」
また、少し静かになる。
でももう気まずくはなかった。
むしろ、今までよりも近くなった気がする。
「……明日香、これからも一緒にいてくれる?」
そんなの、答えは決まってる。
「うん。当たり前じゃん」
ちとは、少しだけ安心したみたいに笑った。
バスの外では、誰かの話し声が少しだけ聞こえる。
たぶん、メンバーたち。
でも、この中はまだ二人だけ。
文化祭が終わって。
秘密も終わって。
でも。
ここから、また始まる。
新しい日常が。
私はちとを見て、思った。
この人と、これからもずっと――。




