第七話①
メモリア・コードのライブが終わったあと。
校庭の熱気は、しばらく消えなかった。
「やばかった……」
「メモリコ顔出ししたぞ……」
「しかも春野ヶ丘の文化祭で……」
帰り支度をしながら、そんな声があちこちから聞こえてくる。
スマホを見れば、きっとSNSも大騒ぎになってるんだろう。
でも私は。
それどころじゃなかった。
文化祭の片付けが終わり、生徒会の最終確認も終わったころ。
校庭はすっかり静かになっていた。
屋台は片付けられて、ステージも解体が始まっている。
文化祭が終わったんだって、急に実感する。
そのときだった。
「坂城さん?」
声をかけられて振り向く。
そこにいたのは、黒いジャケットを着た女性だった。
さっきステージ横にいた人。
メモリア・コードの――
「マネージャーさん……?」
私が言うと、その人はにこっと笑った。
「早瀬です」
「明日香さん、で合ってる?」
「は、はい……」
なんで私の名前を知ってるんだろう。
頭が追いつかない。
早瀬さんは少しだけ優しい顔で言った。
「サウズがね」
「あなたと話したいって」
心臓が、どくんと鳴った。
「……え」
「バスに来てもらえる?」
私は何も言えなかった。
ただ、うなずくしかなかった。
校門の外。
大きな黒いバスが停まっていた。
メモリア・コードのツアーバス。
さっきまで、あの人たちはここにいたんだ。
私は少しだけ深呼吸して、バスに乗り込んだ。
中は思っていたより普通だった。
座席が並んでいて、機材のケースが置いてある。
「お、来た」
ドラムのリョウさんが手を振った。
「どうもー」
キーボードのミナトさんも笑う。
私は慌てて頭を下げた。
「こ、こんにちは……」
「そんな固くならなくていいよ」
ベースのカイさんが言う。
「サウズ、奥」
ミナトさんが後ろを指した。
私はゆっくりバスの奥を見る。
そこに。
ちとがいた。
いつもの制服じゃない。
ライブの衣装のまま。
でも。
間違いなく、私の知っている千都世だった。
目が合う。
ちとは少しだけ困ったみたいに笑った。
「……明日香」
その声を聞いた瞬間。
胸の奥に溜まっていたものが、一気に動いた気がした。
でも。
私が何か言う前に。
「じゃ、俺ら外出るわ」
リョウさんが立ち上がった。
「え?」
ミナトさんも続く。
「空気読める男たちなんで」
カイさんが笑った。
「ゆっくり話しな」
早瀬さんも軽く手を振る。
「私たち少し離れてるから」
そう言って。
みんな本当にバスを降りていった。
ドアが閉まる。
バスの中に残ったのは。
私と。
ちとだけ。
急に静かになる。
さっきまでの文化祭の音が嘘みたいだった。
ちとは少しだけ頭をかいた。
「……ごめん」
最初の言葉は、それだった。
私は思わず聞き返した。
「え?」
「今まで、黙ってて」
ちとは視線を落としていた。
「言えなかった」
私は何も言えない。
頭の中は、まだ混乱している。
ちとがサウズ。
メモリア・コードのボーカル。
あのステージの人。
全部、本当なんだ。
「明日香が」
ちとは静かに言った。
「メモリコ好きなの、知ってた」
私は小さくうなずいた。
「うん……」
「サウズ推しなのも」
顔が一気に熱くなる。
「それは……」
言葉が出ない。
ちとは苦笑いした。
「ライブの話、よくしてたよな」
恥ずかしすぎて死にそうだ。
「ごめん……」
「なんで明日香が謝るんだよ」
ちとは少し笑った。
でもすぐに、真面目な顔になる。
「ずっと言おうと思ってた」
「でも」
少し間。
「怖かった」
私は顔を上げる。
ちとはまっすぐこっちを見ていた。
「言ったら」
「明日香がどう思うか、わからなかった」
バスの中は静かだった。
「それでも」
ちとは言った。
「今日、顔出した」
その言葉の意味を、私はもう知っている。
ステージで言っていた。
大切な人に、隠し事をするのがつらい。
私は小さく息を吸った。
「……私のため?」
ちとは少しだけ笑った。
「半分」
「半分?」
「もう半分は」
ちとは窓の外を見た。
「もう隠したまま歌うの、嫌だった」
それは、すごくちとらしい答えだった。
私はしばらく黙っていた。
頭の中で、今日のライブが何度もよみがえる。
狐の面。
アンコール。
顔を外した瞬間。
そして。
全力で歌っていた、ちとの姿。
私は、ゆっくり言った。
「……ねぇ」
「なに?」
「私」
胸が少しだけドキドキする。
「サウズのこと、ずっと好きだったんだけど」
ちとの目が少し丸くなる。
「うん」
「これって」
私はちとを見る。
「浮気になるのかな」
一瞬。
沈黙。
それから。
ちとは吹き出した。
「ならないだろ」
「そう?」
「俺だから」
そう言って、ちとは少しだけ照れくさそうに笑った。
私はその顔を見て。
やっと。
やっと実感した。
サウズは。
メモリア・コードのボーカルは。
世界中の人が憧れるその人は。
私の目の前にいる。
私の彼氏。
小柴千都世なんだって。




