第六話③
狐の面が外れた瞬間。
校庭の空気が、完全に止まった。
誰も声を出さない。
ただ、目の前の光景を理解できなくて、みんな固まっている。
私も、そうだった。
ステージの上。
ライトに照らされているその人。
マイクを持って、少し困ったみたいに笑っている。
小柴千都世。
――ちと。
私の、彼氏。
頭の中が真っ白になる。
意味が、わからない。
どうして。
どうして、ちとが。
どうして――
「え?」
客席のどこかで、誰かが声を出した。
それをきっかけに、ざわめきが一気に広がる。
「え、え、え!?」
「うそでしょ!?」
「今の誰!?」
「サウズ!?」
「顔出した!?」
校庭が一瞬でパニックみたいになる。
私は動けなかった。
目の前にいる人が、誰なのか。
頭ではわかってるのに。
現実が追いつかない。
ステージの上で、ちと――サウズがマイクを持ち直した。
少しだけ照れたように笑っている。
「……驚いた?」
その声。
歌っていたときと同じ声。
でも。
私がいつも聞いていた声でもある。
「俺たちは今まで、顔を隠して活動してきました」
観客はまだざわざわしている。
「理由はいろいろあるけど……」
ちとは少しだけ言葉を探すようにしてから言った。
「一番は、音楽だけを見てほしかったからです」
少しずつ、校庭が静かになっていく。
「でも」
ちとは続けた。
「最近、思ったんです」
マイクを握る手が少し強くなる。
「大切な人に、隠し事をするのが……つらいって」
胸がぎゅっとなる。
「だから今日」
「ここで、顔を出しました」
客席のどこかから「うおおお!」って声が上がった。
それをきっかけに、また歓声が広がる。
「えええええ!?」
「まじで!?」
「サウズ高校生!?」
「やば!!」
「しかもイケメン!!」
女子の声が一気に増える。
「ちょっと待って顔良すぎない!?」
「え、かっこよ!!」
「やばいやばい!!」
「サウズ顔面強っ!!」
ステージ横で綾香が小さく呟いた。
「……うわ」
私はまだ言葉が出ない。
ちとは頭をかきながら、少し照れたように笑った。
「まぁ……」
「そんなわけで」
「これが俺たちの本当の姿です」
後ろのメンバーも次々に面を外す。
歓声がさらに大きくなる。
「やば!!」
「全員若い!!」
「学生バンドってほんとだったんだ!!」
校庭の空気は、完全にお祭り状態だった。
ちとはマイクを持ち直して言った。
「じゃあ」
少し笑う。
「アンコール」
ギターを構える。
「最後の一曲、いきます」
歓声が爆発した。
ドラムが鳴る。
ギターが響く。
そして。
ちとの声。
さっきよりも、もっとまっすぐで。
もっと強くて。
ステージの上で、ちとは全力で歌っていた。
顔を隠さないまま。
ライトの下で。
思いきりギターをかき鳴らしている。
女子たちの声が聞こえる。
「サウズかっこよ!!」
「顔出し最高!!」
「イケメンすぎる!!」
「やばい推し変する!!」
私は、ただステージを見ていた。
あんな顔、初めて見る。
真剣で。
楽しそうで。
全部を出しきるみたいに歌っている。
ギターを鳴らすたび、体が大きく動く。
声が校庭に広がっていく。
その姿が。
本当に――
(……やっぱり)
胸の奥で、思う。
(やっぱり私の彼氏は)
目が離せない。
誰よりも輝いて見える。
世界中の人が見ていても。
私にはわかる。
(世界一格好いい)
ちとは最後のサビを全力で歌い上げた。
ギターの音が鳴り響く。
曲が終わった瞬間。
校庭を揺らすみたいな歓声が上がった。
ちとは少し息を切らしながら笑った。
「ありがとう!」
メンバーが手を振る。
歓声は止まらない。
文化祭の空の下で。
メモリア・コードのライブは、最高の盛り上がりのまま終わった。




