第六話②
スタジオの空気は、まだ少し重かった。
早瀬さんは腕を組んだまま、テーブルの上に並んだ狐の面を見ている。
メモリア・コードの象徴。
デビューしたときから、ずっとつけてきたものだ。
「まず確認ね」
早瀬さんが静かに言った。
「サウズ。本当に顔出しする覚悟ある?」
「あります」
迷わず答えた。
「一度出したら、もう戻れないよ」
「学校もバレるかもしれない」
「日常も変わる」
「それでも?」
俺は頷いた。
「それでも」
早瀬さんはしばらく黙った。
その視線は、俺を試しているみたいだった。
やがて小さく息を吐く。
「……わかった」
ミナトが少し前のめりになる。
「マジで?」
「まだ決定じゃない」
早瀬さんは指を一本立てた。
「ただし」
「メンバー全員の同意が条件」
全員の視線が、互いに向いた。
最初に口を開いたのはカイだった。
「俺は別にいい」
あっさり言う。
「え、早」
ミナトが笑う。
「だってさ」
カイは肩をすくめた。
「そもそも、いつかはバレると思ってたし」
「このままずっと仮面ってのも限界あるだろ」
確かにそうだ。
最近はファンの数も増えた。
ライブ会場の規模も大きくなってきている。
どこかで壁は来る。
「それに」
カイは俺を見た。
「サウズがそこまで言うならな」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
次に、リョウが笑った。
「俺も賛成」
「理由シンプル」
スティックをくるっと回す。
「面白そうだから」
「軽い!」
ミナトが突っ込む。
リョウは肩をすくめた。
「でもさ」
「顔出したら、もっとライブ盛り上がるぞ」
「サウズの顔面、普通に強いし」
「やめろ」
俺は少しだけ眉をひそめた。
ミナトが腕を組んで考え込む。
「うーん……」
スタジオが少し静かになる。
「ミナト?」
カイが声をかける。
ミナトは天井を見たまま言った。
「……怖くない?」
「なにが」
「今のメモリコってさ」
ミナトはゆっくり言葉を選んでいた。
「正体不明っていうブランドもあるじゃん」
それは確かにそうだった。
メモリア・コードは、顔を出さないバンド。
そのミステリアスさも人気の理由の一つだ。
「それ壊すことになる」
「ファン離れるかもしれない」
リョウが腕を組んだ。
「まぁ、ゼロじゃないな」
カイも頷く。
俺は何も言わなかった。
それも覚悟している。
ミナトは少しだけ黙っていた。
それから。
ふっと笑った。
「でもさ」
「それでも音楽好きで残ってくれる人が、本当のファンじゃない?」
俺は顔を上げた。
「それに」
ミナトが指を立てる。
「サウズの歌、顔出した方が絶対説得力ある」
その言葉に、リョウが笑った。
「確かに」
「恋愛ソング多いしな」
カイも頷く。
「表情見えるのは強い」
ミナトが両手を広げた。
「よし決めた」
「俺も賛成」
その瞬間。
スタジオの空気が、少しだけ軽くなった。
メンバー四人の視線が、今度は早瀬さんに向く。
早瀬さんは少し驚いた顔をしていた。
「……あなたたち」
「ほんと高校生バンドよね」
苦笑する。
「普通もっとビジネス的に考えるところなんだけど」
リョウが笑う。
「音楽バカなんで」
「知ってる」
早瀬さんは肩をすくめた。
それから、真面目な顔になった。
「じゃあ次」
「どこで顔出しするか」
スタジオが静かになる。
俺は少し考えてから言った。
「決めてます」
全員がこっちを見る。
「春野ヶ丘高校の文化祭」
一瞬、全員が固まった。
「……え?」
ミナトが目を丸くする。
「文化祭?」
カイも驚いている。
「学校?」
リョウが笑った。
「それは予想外」
早瀬さんも少し目を細めた。
「理由は?」
俺は答えた。
「その子がいるから」
ミナトが額を押さえる。
「うわー……」
「青春すぎる」
カイが笑う。
「でも、なるほど」
リョウが頷いた。
「確かに一番ドラマある」
早瀬さんは少し考えていた。
静かな時間が流れる。
やがて、ゆっくり言った。
「……悪くない」
俺は顔を上げた。
「むしろ」
「最高の舞台かもしれない」
文化祭。
高校。
青春。
そして、メモリア・コード。
「アンコールで発表」
早瀬さんが続ける。
「曲の前に宣言」
「それから面を外す」
カイが頷く。
「演出としても強い」
ミナトが笑った。
「観客絶対パニック」
リョウが肩を揺らす。
「SNS爆発するぞ」
俺は少しだけ笑った。
でも。
胸の奥は、静かだった。
「サウズ」
早瀬さんが俺を見る。
「最後に聞く」
「それ、本当に“バンドのため”じゃなくて」
「“その子のため”?」
俺は迷わなかった。
「両方です」
正直な答えだった。
早瀬さんは、少しだけ笑った。
「……いいわ」
「やりましょう」
その言葉で。
全部が決まった。
文化祭。
アンコール。
狐の面。
そして。
秘密の終わり。
俺は机の上の狐の面を手に取った。
これを外す日が来るなんて。
前は想像もしていなかった。
でも。
もう決めた。
文化祭の日。
ステージの上で。
全部、話す。




