第一話②
午前中の授業は、思っていたよりもあっという間に終わった。
英語の小テストは、綾香の言っていた通り本当にあった。正直そこまで自信はないけれど、まあ赤点じゃなければいいかな、くらいの気持ちで答案を提出する。
昼休みになると、教室の空気が一気にゆるんだ。椅子を引く音や、弁当箱を開ける音があちこちから聞こえてきて、教室の中が急に賑やかになる。
私は鞄の中からお弁当を取り出す。
隣では、綾香がもう弁当箱を開けていた。
「よし」
「早くない?」
「早くない」
そう言いながら綾香は箸を構える。弁当箱の中身を見て、私は思わず笑った。
「また唐揚げ?」
「また唐揚げ」
「好きだね」
「正義だから」
綾香は真面目な顔でそう言った。私はくすっと笑いながら、自分の弁当箱を開ける。
こうして並んでお弁当を食べる時間は、中学のころからあまり変わっていない。
あのころは、ここにもう一人いた。
ちとだ。
三人で昼休みにくだらない話をして、笑っていた時間を、私はなんとなく思い出す。
「そういえばさ」
綾香が唐揚げを一つ食べながら言った。
「今日生徒会あるよね」
「うん」
私は頷く。
私と綾香は、生徒会執行部に入っている。高校に入ってすぐ、二人で一緒に立候補した。
特別な理由があったわけじゃない。ただ、なんとなく面白そうだと思ったからだ。
それに、綾香が「やろうよ」と言った。
綾香は昔からそういうタイプだ。面白そうなことを見つけるのが早くて、人を巻き込むのも上手い。
「今日って何やるんだっけ」
「たしか新歓のまとめだったと思う」
「あー」
綾香は少しだけ面倒そうな顔をした。
「地味」
「地味だね」
「でも明日香そういうの好きそう」
「好きっていうか、嫌いじゃないかな」
私はそう答えながら、お弁当を一口食べる。
生徒会の仕事は、派手なことばかりじゃない。むしろ地味な作業のほうが多い。資料をまとめたり、会議をしたり、イベントの準備をしたり。
でも私は、そういう時間も嫌いじゃなかった。
みんなで何かを作っていく感じが、なんとなく好きだ。
「そういえば」
綾香がふと思い出したように言った。
「明日香さ」
「なに?」
「さっきもメモリコ聴いてたでしょ」
「うん」
「ほんと好きだよね」
「好き」
即答すると、綾香は笑った。
「サウズ推しだっけ」
「うん」
名前を聞くだけで、少し胸がくすぐったくなる。
サウズの声は不思議だ。明るい曲でも、どこか切なさが混ざっている。でもそれが、すごく好きだった。
「顔出してないのにさ」
綾香が言う。
「よくそんなに好きになれるよね」
「声」
「声?」
「あとギター」
私は少し考えてから続ける。
「なんか、青春って感じするんだよね」
「青春って感じ」
綾香は少し笑う。
「抽象的」
「そう?」
「うん」
私は自分でも少し笑った。確かに説明は下手かもしれない。でも、それでも好きなものは好きだった。
チャイムが鳴る。
昼休みが終わり、午後の授業が始まった。
そして放課後。
私は鞄を持って席を立つ。
「行こっか」
綾香が言う。
「うん」
私たちは並んで教室を出た。
廊下には部活に向かう生徒がたくさんいる。運動部の人たちはもうジャージに着替えていて、廊下を走っていく人もいる。
その中を抜けて、私たちは階段を上る。
三階の奥。
そこに、生徒会室がある。
ドアを開けると、すでに何人かの先輩が集まっていた。
「お、来た」
「お疲れ」
「お疲れ様です」
私と綾香は挨拶をして席に座る。
机の上には資料の束が置かれていた。紙の端を揃えながら、私はなんとなく窓の外を見る。
夕方の光が校庭に落ちている。
グラウンドでは、まだ部活の声が聞こえていた。
そのとき、ふと思う。
ちとは今ごろ何してるんだろう。
学校かな。
それとも、今日は休んでいるのかな。
そんなことをぼんやり考えながら、私はイヤホンの入ったケースを指で触った。
頭の中に浮かぶのは、あの歌声だ。
サウズの声。
透明で、少し切なくて、それでも前を向いているような声。
「じゃあ始めるか」
先輩の声で、私は顔を上げる。
生徒会の会議が始まった。
このときはまだ、本当にただの会議だった。
高校生活の、何気ない放課後。
だけど今思えば。
きっとこの場所から、少しずつ物語は動き始めていたんだと思う。




