第16話 重すぎる愛と、最高に幸せなハッピーエンド
氷に閉ざされていた北の辺境領に、ついにあたたかな春が来た。
長く厳しい冬を越えた大地は、まだところどころに澄んだ雪の冷たさを残している。それでも、山の尾根から流れ出す雪解け水は朝日にきらきらと光り、城下の広場には色とりどりの春の花が飾られ、石畳の通りには朝からお祭り騒ぎの領民たちが溢れかえっていた。
これほど国境の街が活気に満ちている理由は、もちろん、たったひとつ。
今日この日。
この地を治める王国最強の盾、クライヴ・エヴァンズ辺境伯と、リアナ・バーレットの、盛大な結婚式が行われるからである。
――つまり、私の結婚式だ。
「…………」
私は控室の大きな姿見の前で、己の姿を見つめたまま、しばらく無言で固まっていた。
白銀の細やかな狼と蔓草の刺繍が施された、純白のウェディングドレス。
王都から最高の職人を辺境まで呼び寄せ、最高級の絹を何枚も重ねて作られたその裾は、私が一歩歩くたびに、春霞みたいにふわりと優しく揺れる。
胸元は上品で、露出は控えめ(クライヴ様の「他の男に肌を見せるな」という強い要望による)。それでいて、腰から下へ流れるマーメイドラインの線は息を呑むほど繊細で、辺境の可憐な花々を思わせる小さな宝石の意匠が、星屑のようにドレス全体に散らされていた。
蜂蜜色の髪は侍女たちの手によって丁寧に編み込まれ、あの日クライヴ様から贈られたあの「サファイアの狼の髪留め」が、純白の花冠と一緒に美しく留められている。
鏡の中の自分は、自分でも信じられないほど綺麗に飾り立てられていて。少しだけ見慣れなくて、でも、どうしようもなく幸せそうに頬を染めていた。
「……夢じゃない」
ぽつりと、自分の頬をつねりながら呟く。
あの日、“生贄の花嫁”として、ガタガタ揺れる馬車で辺境へ向かった日から、まだそんなに時間は経っていないはずなのに。もうずっと、ずっと前のことみたいだ。
ゲーム本編に名前すら出てこない、男爵家の厄介者のモブ令嬢だった私が。
ただ最推しの理不尽なバッドエンドを回避したい一心で、雑巾と刺繍糸を握りしめて飛び込んだこの城で。
いつの間にか、ただの推しとしてではなく、一人の不器用で愛おしい男性として彼(クライヴ様)を愛して。
そして、その人の隣で、一生を誓う今日を迎えている。
「リアナお嬢様」
背後から、やわらかく、少しだけ鼻声になった声がした。
振り向くと、私の着付けを手伝ってくれた侍女たちが、皆そろって目を真っ赤に潤ませながら立っていた。
私がこの城に来たばかりの頃は、「変な令嬢が来た」と戸惑い半分で遠巻きに見ていた彼女たちも、今ではすっかり、私を心から慕ってくれる大切な家族(味方)である。
「本当に、この世の誰よりもお綺麗です、リアナ様」
「ありがとうございます。みんなが綺麗にしてくれたおかげよ」
「旦那様、今朝からお部屋でまったく落ち着かれなくて……何度も“花嫁の準備はまだか”と扉の前にいらっしゃるんですよ」
私は思わず、ふふっと吹き出した。
「やっぱり」
「ええ。グレアム様が“式の前に花嫁を見に来てはいけません、マナー違反です!”と申し上げても、“私の妻の顔を少し見るくらいなら構わんだろう、どけ”と押し通ろうとなさって」
「それで?」
「グレアム様と護衛の騎士たちが、総出で廊下で物理的に旦那様を全力で止めておられます」
容易に想像できた。
あの王子撃退事件のあと。両想い(?)であることを確認し合ってからの最近のクライヴ様は、もはや自分の感情を1ミリも隠そうともしない。
過保護も、甘やかしも、激重な執着愛も、全部が限界突破の全開フルスロットルなのだ。
私が城の掃除をしようとすれば「怪我をするからやめろ」と雑巾を取り上げられ。
少しでも彼の視界から私が見えないと「リアナはどこだ」と城中を血眼で探し回り。
私が少しでも寒そうにくしゃみをすれば、毛布で簀巻きにされて暖炉の前へ抱えていかれ。
階段を下りるだけで「手を」と当然のようにエスコートの手を差し出してくる。
そして何より。
夜の私室での時間になると、ものすごく自然な顔をして、私を自分の膝の上に乗せて離さないのだ。
最初の頃は「なぜ!? 推しの膝の上とか恐れ多すぎて死にます!」と本気で混乱して暴れたが、今はもう半分諦めている。クライヴ様という男の愛情表現は、どうやらパーソナルスペースの距離感が極端にバグっているらしい。
「……結婚して正式に夫婦になったら、あの激重な愛情がさらに加速しそうなのが、ちょっと怖いんだけど」
私が小さく呟くと、侍女たちは顔を見合わせ、ひっそりと、けれど心から嬉しそうに笑った。
「でも、お幸せでしょう?」
「それは……はい」
1秒も迷わずに即答できてしまうあたり、私ももう完全に彼に絆されて、オタクとしての冷静な判断力を失っているのだと思う。
私はドレスの裾をそっと持ち上げ、鏡の中の自分へ、もう一度だけ柔らかく微笑んだ。
怖くないわけじゃない。
これから先も、辺境伯夫人として、たぶんいろいろな苦労があるだろう。
王都の権力争いの思惑だって完全には消えていないし、クライヴ様の愛は相変わらず致死量レベルで重い。
でも、それでもいいと、心の底から思える。
この人の隣で生きていけるなら。
式が始まる時間になり、私はグレアムのエスコートで、城の大聖堂へ向かった。
かつては冷たく寂れていた、辺境の城に併設された石造りの礼拝堂。
だが今日ばかりは、見違えるほど華やかで、あたたかな光に満ちていた。
白い春の花と深緑の蔦が壁を彩り、磨き上げられた銀の燭台に火が灯り、柔らかな純白の布飾りが天井から天蓋のように掛けられている。すべてが派手すぎず、けれど祝福と愛情に満ちている。
ギィィ、と重い扉が開いた瞬間。
ざわり、と大聖堂の空気が大きく揺れた。
参列してくれた大勢の領民たちの、感嘆の視線。
使用人たちの涙ぐんだ笑顔。
辺境兵たちの、誇らしげな顔。
そして――祭壇の前に立つ、私のただ一人の、大好きな人。
「……っ」
私の呼吸が、ピタリと止まる。
クライヴ様は、辺境伯としての正装である、漆黒の重厚な礼服を纏っていた。
銀糸の縁取りと、何層にも重なるマントが美しいその衣装は、彼の長身と、鍛え抜かれた体躯、そして研ぎ澄まされた氷の美貌を、これ以上ないほど劇的に引き立てている。
彼を十年も苦しめた右腕の呪いの痕は、私が毎日お守りを渡し続けたおかげでもう完全に消え去り、本来の若々しさと、大人の男としての圧倒的な色気が隠しようもなく溢れ出していた。
夜の闇のような黒髪。私だけを見つめる、熱を帯びた暗い琥珀の瞳。
ただそこに静かに立っているだけで、礼拝堂の空気そのものが、彼を中心に平伏し、整っていくみたいだった。
……無理。顔が良すぎる。作画コストに全財産つぎ込んでる。
最後の最後、自分の結婚式の入場シーンでそんなオタク全開の感想が真っ先に出る自分に呆れるけれど、でも本当に、神様が嫉妬するほどかっこいいのだから仕方ない。
しかもクライヴ様、私が入ってきた瞬間から、ピタリと私に視線を固定して1ミリも外さない。
その目の奥のどす黒い熱と執着が、これだけ離れていても、肌を刺すように痛いほどわかる。
やめて。
式の前から、私の心臓の耐久値が限界なんだけど。
私はどうにか震える足を動かして、彼が待つ祭壇へ向かった。
一歩、また一歩。
そのたびに、クライヴ様の表情が少しずつ、目に見えて変わっていく。
いつもの冷たく静かな顔のままなのに、瞳だけがどんどん熱を増し、呼吸が浅くなり、今すぐ私を奪いに行きそうな猛禽類の目になっていく。
ついに祭壇の前へ辿り着き、彼が私の手を取った時。
彼は低く、ほとんど熱い吐息みたいな声で言った。
「……綺麗だ」
たった一言。
それだけで、私の胸がちぎれそうなくらいいっぱいになる。
「ありがとうございます。旦那様も、とっても……素敵です」
「私の想像を遥かに超えている。……今すぐこのまま、誰の目にも触れさせずに寝室へ連れ去りたいくらいにな」
待って。
これ、神聖な神への誓いの前に、大勢の前で囁くことだろうか。
いやうれしいけど。ものすごくうれしいけど、愛が重い!
王都から呼ばれた司祭様が「コホン!」と少しだけ大きめに咳払いをして、式は厳かに始まった。
誓いの言葉。
指輪の交換。
神への祈り。
すべてが、ふわふわとした夢みたいだった。
でも、絶対に夢じゃない。
だって、私の薬指に冷たい銀の指輪をはめるクライヴ様の大きな手が、ほんの少しだけ、緊張と喜びに震えていたから。
それを見て、私はたまらなく愛しくて、泣きそうになった。
この人も、緊張するんだ。
孤独だったこの人も、今日という日を、私と同じように、人生で一番大事な日だと思ってくれているんだ。
「リアナ」
愛おしそうに、名前を呼ばれる。
私は、涙をこらえて顔を上げた。
「私の妻となり、私のすべてを受け入れ、一生この腕の中から離れないことを……改めて、私に誓ってくれるか」
それ、絶対に本来の誓いの文言から、自分の都合のいいように外れてる気がする。
でも、誰も突っ込まなかった。たぶん司祭様すら、辺境伯のあまりの気迫に「まあ今日だけは」と思ったのだろう。
私は、満面の笑みで頷いた。
「はい。喜んで誓います。……一生、離れませんよ」
「……よかった」
その、心の底からの深い安堵の呟きに、私のほうが先にポロリと涙をこぼしそうになった。
ベールが上げられ、誓いの口づけが交わされる。
それは、あの広場での敵を威圧するような見せつけるものではなかった。
あの日よりずっと優しく、宝物に触れるように繊細で、ずっと深くて、そして……静かで絶対的な喜びに満ちた、とろけるようなキスだった。
二人の唇が離れた瞬間。
礼拝堂は、割れんばかりの祝福の拍手と歓声に包まれた。
領民たちのお祝いの歓声。
辺境兵たちの「閣下万歳!」という野太いどよめき。
使用人たちの「よかった、本当によかった」という温かいすすり泣き。
「あんなに恐ろしかった閣下が、あんな泣きそうな顔を……」
「リアナ様、本当にすごいお方だわ……」
「あの孤独だった旦那様が……笑ってる……!」
そんなひそひそとした囁きがあちこちから聞こえてきて、私は嬉しさと恥ずかしさで胸がいっぱいになる。
でも、たしかに彼らの言う通りだった。
クライヴ様は今、誰が見てもわかるくらい、世界で一番幸せそうに、不器用に笑っていたのだから。
式のあとの披露宴は、王都のような気取ったものではなく、辺境らしく豪快で、体温を感じるあたたかいものだった。
中庭に用意された長い卓には、料理長たちが三日三晩腕によりをかけた肉料理や大鍋のスープがずらりと並び、領民たちも兵たちも皆、身分の垣根を越えて遠慮なく笑い、飲み、歌い、私たちを祝ってくれる。
王都貴族のきらびやかで、腹の探り合いをするような張りつめた宴とは違う。もっと土と風の匂いがして、生きるエネルギーに満ちた祝宴だった。
「奥様! 本日は本当におめでとうございます!」
「リアナ様、不器用な閣下のことを、どうか末永くよろしくお願いします!」
「いやむしろ、閣下が奥様を大事によろしくしろって感じですよね! ガハハ!」
古参の兵士長の最後の一言には、会場のあちこちで「違いない!」と爆笑が起きた。
私は笑いながらお祝いの言葉に丁寧にお礼を返していたが、そのたびに、隣からジリジリとした、レーザー光線のような視線を感じる。
見なくてもわかる。
私の愛しい旦那様だ。
「……どうしました、クライヴ様?」
こっそり尋ねると、彼は至極真面目な、国の一大事のような顔で不満げに答えた。
「お前が、他の有象無象の男どもに笑いかけすぎる」
「ええ……」
「少し控えろ。私以外の男にその可愛い笑顔を見せるな」
「無茶言わないでください。今日はお祝いの日ですよ? 皆さん、私たちを祝福してくれてるんですから」
「頭ではわかっている。だが、理性がそれに追いつかん」
わかっていてこれなのだ。
この男の独占欲、底なしである。先が思いやられる。
だがその直後。
クライヴ様は私の手を取ると、なんと大勢が見ている前で、自分の膝の上へ当然のように私をぐいっと引き寄せた。
「きゃっ!?」
会場から、ヒューッ!というどよめきと、温かい笑い声が同時に起こる。
「閣下! さすがに皆様の前でそれは早すぎませんか! 初夜はまだですよ!」
「いや、もうずっとああでしょう、あのお二人は! ご馳走様です!」
辺境兵たちが酒を片手に面白がって囃し立てている。
私は全身をトマトのように真っ赤にしながら、クライヴ様を涙目で睨み上げた。
「ちょ、ちょっと、クライヴ様……!」
「何だ」
「皆、見てます! 恥ずかしいです!」
「正式に誓いを立てた夫婦だ。自分の妻を膝に乗せて何が悪い」
正論(?)で全部済ませようとするのをやめてほしい。
でもクライヴ様は周囲の冷やかしなどまったく意に介さず、むしろ私の腰へ回した腕を、ますます自然に、自分の特等席だとばかりに落ち着かせる。
「今日は、特に、1ミリも離す気はない。大人しく私の腕の中にいろ」
「今日“特に”ってことは、普段も離す気ないですよね?」
「当然だろう」
迷いなき、1秒の即答だった。
もう本当に、この人は。
でも困ったことに、そんな重すぎるところまで「推しが尊い」を通り越して「愛おしい」と思えてしまうのだから、私も相当毒されている。
日が傾き、宴が落ち着いてくる頃。
私たちの後ろに控えていたグレアムが、しみじみとした、十年分の重みのある顔で言った。
「……旦那様が、これほどまでに穏やかに、そして心から笑っておられるのを、私は十年間で初めて見ました」
私はその言葉に、そっと、膝の上からクライヴ様の横顔を見上げた。
彼は兵士と何か短く言葉を交わしながらも、私の存在を確かめるみたいに、時折私の髪や肩へ優しく手を伸ばす。
その夕日を受けた美しい横顔にはもう、以前のような、凍え死にそうな孤独の影や、呪いの苦痛はほとんどなかった。
……よかった。
心から、そう思う。
私の大好きな最推しの、理不尽なバッドエンドを壊したい。
最初は、その一心だった。
でも今は、それだけじゃない。
この人が笑っているのを見るたびに、この人の体温を感じるたびに、モブとして空っぽだった私自身の人生が、救われていく気がするのだ。
そして、夜。
ようやく長い宴が終わり、私たち二人は、東棟の私室(寝室)へ戻った。
結婚式の初夜用に特別に整えられた寝室は、やわらかな魔力灯の光と、敷き詰められた春の花の香りに満ちている。
部屋の中央にある、天蓋つきの大きな寝台。窓の向こうには、澄み切った辺境の星空。
静かで、甘くて、そして……逃げ場がない。
私は部屋の真ん中で、カチコチに緊張して立ち尽くした。
……初夜、である。
頭の中でその単語を意識した瞬間、急に顔が火を噴きそうに熱くなった。
いや待って。
落ち着こう私。深呼吸。
結婚したのだから、夫婦なのだから当然なんだけど。
推しとそういう関係になることが頭ではわかっていたはずなんだけど! いざ本番となると、心の準備とキャパシティがまったく追いつかない!
「……リアナ」
背後から、ひどく甘く、低い声が降ってきた。
ビクッとして振り向くと、クライヴ様がすぐそこに立っていた。
彼はもう礼服の重い上着を脱いでいて、シャツの胸元を少しだけ開けている。整えられていた黒髪も少しだけ乱れていて、その無防備な姿が昼間よりずっと近く、ずっと“大人の男”として私だけのものみたいに見えて、また胸が警鐘のようにどきどきした。
「今日は、よく頑張ってくれたな」
そう言って、彼は大きな手で、私の熱い頬へ優しく手を添える。
「疲れただろう」
「少しだけ……でも、すごく、幸せでした」
「……私もだ」
クライヴ様は、琥珀の瞳を細めた。
その瞳があんまりにも優しくて、私の強張っていた緊張が、少しだけふっとほどける。
でも次の瞬間、その美しい人は、とんでもないことを平然と言い放った。
「……もう一生、君をこの部屋のベッドから降ろすつもりはないよ」
「…………はい?」
私の耳の聞き間違いかと思った。
けれど、クライヴ様は本気だった。
蕩けるように甘い、けれど逃げ場のない声で、しかもまったく冗談の気配なく続ける。
「必要なものはすべて、使用人にここへ運ばせればいい。食事も、本も、刺繍の道具も。お前は私の腕の中だけで生きていけばいい」
「いやいやいやいや!!」
私は思わず、彼の手から逃れるように後ずさる。
「それは駄目です! 監禁です!」
「なぜだ。私の愛の形だ」
「普通に! お日様の下で生活したいです!」
「私の隣でなら、十分普通だ」
「旦那様の『普通の定義』が重すぎるんです!!」
真剣に返されてしまった。
クライヴ様は私が後ずさった分だけ一歩近づき、あっという間に距離を詰めて、私の退路を塞いでくる。
「今日から、お前は正式に私の妻だ。私のものだ」
「は、はい、そうですけど!」
「なら、片時も離したくない、ずっと私だけを見ていてほしいと思って何が悪い」
「悪くはないですけど、愛の重さの限度というものが……!」
「限度なら、十年後に考える」
「今すぐ考えてください!!」
私が思わず涙目で叫ぶと。
クライヴ様は目を丸くしたあと、とうとう、肩を揺らして声を立てて笑い出した。
その笑顔があまりにも無防備で、幸せそうで。私は怒るに怒れなくなる。
「……ずるいです」
「何が」
「そんな反則みたいな顔で笑われたら、強く言えないじゃないですか」
「では、これからはもう少し弱く言ってみろ。お前の頼みなら、多少は聞いてやる」
そう余裕たっぷりに言われて、私は口ごもる。
たしかに、彼のこの激重な愛を、完全に拒否したいわけじゃないのが、私自身のいちばんの問題だ。
だって私も、本当は。
ずっと、この人のそばにいたい。
できるだけ近くで、この人のぬくもりを感じていたい。
この人の重すぎる愛ごと、全部正面から受け止めてみたいと、そう思ってしまっているのだから。
クライヴ様は、そんな私の迷いや覚悟をすべて見透かしたように、そっと私の腰を抱き寄せ、ベッドへとゆっくりと倒れ込んだ。
「……安心しろ」
私の耳元で、彼自身の熱を帯びた、ひどく低く甘い声がする。
「お前が本気で嫌がることは、決してしない」
その一言と、頭を撫でる優しい手つきに、私の肩の力がふっと抜けた。
「……はい」
「だが。……お前が泣いてすがるまで、徹底的に甘やかすのはやめない」
「そこはもう、最初から諦めてます」
「賢い妻だ」
どこがだ。
でも、彼の胸の中で、私はたまらず笑ってしまう。
クライヴ様は私をベッドに抱き込んだまま、逃がさないように、でも壊れ物を扱うように優しく上から覆い被さった。
その腕は相変わらず独占欲の塊で、でもやっぱり、世界で一番優しかった。
「リアナ」
「はい」
「愛している。……私の光」
まっすぐ、魂の底から告げられる。
もう何度聞いても、心臓が爆発しそうで慣れない。
でも今は、私も逃げずに、ちゃんと彼に返せる。
「私も、愛しています。……私の、大好きなクライヴ様」
私がそう言って彼の首に腕を回すと、クライヴ様はひどく満たされたように目を細め、そして、深く甘い口づけを落としてきた。
ああ、本当に。
この理不尽な世界で、この人を好きになれてよかった。
遠い画面の向こうの『最推し』だった人が。
今は、私の人生のすべてを懸けて愛しい人になった。
彼が迎えるはずだった絶望のバッドエンドの未来は、もうどこにもない。
あるのは、少し愛が重くて、胸が痛いほど甘くて、笑ってしまうくらいに幸せな「今」だけだ。
こうして。
名前もないモブ令嬢だった私の、命がけの推し活人生は、思いもよらない形で最高の大団円を迎えた。
呪われた悲劇の辺境伯は、もう孤独なラスボスじゃない。
少し不器用で、愛が重くて、でもとびきり優しくて私を甘やかし尽くす、私だけの最高の旦那様だ。
そして私は、今日もたぶんこの先もずっと。
彼のその重すぎる愛に翻弄され、振り回されながら、幸せな悲鳴を上げ続けるのだろう。
「んっ……ちょ、旦那様、さすがに愛が重すぎ……!?」
「まだ始まったばかりだ。覚悟しろと言っただろう」
「……! もう、推しに愛されすぎて困る……!」
そんな贅沢な嘆きを、甘く深いキスの合間に何度も漏らしながら。
――私たちの物語は、最高に甘くて幸せなハッピーエンドで、幕を閉じるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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