表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/124

第91話 開かれる禁断の裂け目

 黄泉口山脈の奥は、静かだった。

 風はない。雪も降っていない。寒い。


 翔は足を止めた。


 ──おかしい。


 前に進もうとすると、足が重くなる。

 鼻をつく、甘ったるい匂い。

 腐った花のような、血のような匂い。


「黄泉……近いのか?」


 呟いた声が、やけに遠くまで響いた。


 視界の端で、何かが揺れた。


「悪鬼!?……いや」


 無数の視線が翔を見ている。


「笑ってる……」


 足取りが遅くなるほど、その視線が迫ってくるようだ。


「ダメだ……体が動かな……い」


 その時、翔の後方で鈴が鳴った。

 振り返ると、紫の光が二つ、揺れていた。


「お……音葉……なんで、お前が」


 音葉が錫杖を一振りすると、影は一瞬にして消し飛んだ。


「月詠……」


 音葉は、その光る目で翔を見下ろした。


「黄泉へ向かう愚か者は、お主だったか、ワイルドブラッド」


 翔は音葉の顔を見上げた。


「黄泉へ行く道は、常には在らぬ。生者が踏み込めるのは、我が来た、今だけだ」


 翔は膝に手を置き、なんとか立ち上がった。


「……なんでお前が、オレを助ける?」


 音葉の体を操る月詠は、ニヤリと笑った。


「父は黄泉を恐れ、逃げ帰った。だが、行こうとした意思は、誰にも止められなかった。我は、その結果だ。黄泉へ行く意思、それがあるなら、道を開く」


 翔は笑った。


「そうか。ありがたい」


 音葉は天を見上げた。


「我が道を開けば、黄泉の軍勢が襲い来る」


 ──飲み込まれるぞ、ワイルドブラッド。


 音葉の背後を見た翔は、頭を抱えた。


「なんてこった……多分、いま大丈夫になった」


「翔くん!」

「翔!」


 白い息を吐く蘭と鉄喜だった。

 蘭は唇を震わせた。


「……なんで、その女が……いるのよ」


 音葉が錫杖を地面に突き立てた。


「準備は良いか?」


 翔は拳を握り、頷いた。

 乾いた音が、雪の下から返ってくる。

 岩でも土でもない──閉ざされていた何か。


 紫の光が、足元に円を描いた。


「……開いたのか」


 翔の問いに、音葉は答えなかった。


 地面が、軋んだ。

 錫杖の先を起点に、黒い亀裂が走る。

 それは地面だけでなく、空気そのものを裂いていた。


 腐臭が、一気に溢れ出す。


「……なに、これ……」


 蘭の声が震えた。

 裂け目の向こうで、何かが動いた。

 人に似た輪郭。だが、顔がない。


 足音はない。

 湿った音だけが、重なって近づいてくる。


「黄泉の軍勢……」


 裂け目の縁に、影が立つ。

 一体ではない。


 数は、影に重なり、わからない。


 翔は奥歯を噛み締めた。


 音葉の錫杖が、わずかに震えた。


「翔くん……」


 音葉の目の輝きが元に戻り、意識が戻る。

 その瞬間、錫杖の光が弱まる。


 音葉の息が荒くなった。


「……長くは、持たない」


裂け目の内側から無数の黒い手がかかり、腐臭が広がる。


 翔は一歩、前に出た。


「十分だ。あとは、行くだけだ」


恐怖はない。

行く理由──それしかなかった。


 背後で、鉄喜が拳を鳴らす。


「上等だ。やるぜ!」


 裂け目の奥で、無数の影が、同時にこちらを向いた。


黄泉が


 ──生者を、待っている。


「くるぞ!!」


 声と同時に、影が動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ