第90話 拝んでこいや
「どいてくれよ。アンタには関係ないだろ」
オオクニヌシは頭を掻いた。
「まだわからんかぁ、ワイルドブラッド。関係、大有りなんだぁ」
オオクニヌシは翔を指差した。
「君が持ってるモノ。それは、ワシが作ったこの葦原中国、高天原、黄泉──すべてを揺らす。
君一人、人一人の意思で動かしていいモノとは違う。わかってくれんかのぉ」
翔は首を振った。
「それでも行くって言ったら、どうするんだ?」
オオクニヌシは手を広げた。
「これ以上話すのはやめよう。さ、引き返してくれい」
翔は低く身構えた。
「悪い。アンタに殺されても、黄泉には行ける。引き返すつもりはねえ!」
オオクニヌシはため息を吐いた。
「ふーむ……覚悟一つで黄泉へ行くか。よかろう。見せてみい」
オオクニヌシは両手を地に突いた。
潰された雪が鳴き、風が止まった。
──行くぞ!
翔は踏み込んだ。
オオクニヌシの顔が地面に沈んだ──
厚く積もった雪が宙に弾け飛ぶ。
「え?」
翔の目の前に、飛び込んできた人影。
月下に銀色の長髪が煌めく。
酒の匂いが、ほのかに香る。
押さえつけられたオオクニヌシの顔が、雪にめり込む。
「スサノオ!!」
「こおぉら、てめえらぁ。こんなところで、なぁにしてやがるんでぇ!」
押さえつけられたまま、オオクニヌシはスサノオの手を掴んだ。
「スサノオ様、お久しぶりで」
力づくで起き上がったオオクニヌシは、雪だらけの笑顔でスサノオに向き直った。
スサノオは酒臭い息を吐きかけながら、オオクニヌシの顔を覗き込む。
「相変わらず、固ぇ面してんなぁ、オオクニヌシィ……おぉん?」
「スサノオ様……聞いておられたのに、お人が悪い」
スサノオは鋭い目を光らせた。
「なんでこのガキ止めるんだぁ、お前ぇ、あぁん?」
「スサノオ様、ご存知のはずでは?」
スサノオは笑い出した。
「フハハハハッ!
だったらお前もわかってるはずだろ、馬鹿やろうめぇ!
オオクニヌシ、お前、昔、俺に殺されかけただろうがぁ?」
オオクニヌシは頭を掻いた。
「あれは、スサノオ様の試練だったかと」
「だから言ってんだ!
あの時のお前は、引き返さなかったなぁ!
後先なんぞ、考えちゃいなかった。
オレの娘のため、お前はただただ進んだ。
そうだなぁ、ガキィ」
「……」
スサノオはゆっくりとオオクニヌシに顔を寄せ、静かに言った。
「今のお前がいるのは、あの時、俺が通したからだ」
「スサノオ様……それとこれは──」
スサノオは遮った。
「お前は高天原よりいい国を造った。
この地が無くなるのは、オレも好かん。
そのオレが、行かせろと言ってる」
オオクニヌシは、父親を見るような目でスサノオの横顔を見た。
「スサノオ様──」
スサノオは翔の方を見た。
「行かせろ、オオクニヌシィ。
オレが、ケツ持ったらぁ、なぁ?」
オオクニヌシは目を閉じ、静かに微笑んだ。
「わかりました、スサノオ様がそうおっしゃるなら」
スサノオは小さく頷いた。
「そうだ」
オオクニヌシは翔を見下ろして言った。
「これも、歴史になるということで」
黙って立ち尽くす翔の顔を、スサノオが覗き込む。
「そういうことだ、ガキィ」
スサノオは山頂を指差した。
「逝ってこい。伊邪那美のクソババァの顔ぉ、拝んでこいやぁ」
その言葉に、翔の足に力が入った。




