第7話 異なるいつもの世界──見えるようになったモノ
時間が経てば立つほど、あの日の出来事が幻だったんじゃないかとも思えるようにもなってきた。
まだ長らく母親の死の真相もわからないままなのに。
自分の気持ちを置き去りにして、先に進んでいく世界の変化にいいしれぬ焦燥感が、深く翔を包み込んでいた。
「とりあえず、あの場所に...行ってみるか」
神社に向かって歩く翔の後ろ姿を利蔵は店の窓から見ていた。
「翔...」
利蔵は翔の怒りが自分にも向けられていることはわかっていたが、2つの立場からの迷いが生じていた。親であること、そして──
自身もサニワであることに。
毎日通った自宅から神社へ続く道、公園脇の遊歩道、空き家が増えた住宅、見慣れたはずの景色全てが今まで見てきた世界とまるで違って見える。
曲がり角、電柱、住宅の塀...全てが気になり始めた。
「あんな怪物がそこらじゅうにいたっていうのか...」
翔はぶつぶつと独り言を言いながら、神社へ向かって歩いていた。
「おーい、翔!」
聞き覚えのある大男の声だった。
「鉄喜...」
「おお、こんなところで何やってるんだ、大親友!」
「だから親友じゃ...」
「わかってるぞ、翔!お前も気になったんだろ?あの日の出来事は本当だったのかって」
「...別に」
「見に行こうぜ!オレもあれからずっと気になって筋トレ以外のことが出来ないんだ!」
「元々筋トレ以外してねえだろ」
「オレは金剛力士様が守ってくれてるサニワだぜ!恥ずかしくないように鍛えておかなきゃな」
楽しそうに話す鉄喜を見るたびに、違和感と苛立ちを感じる翔。
とんでもない現実なはずなのに、積極的に、そして前向きに受け入れる鉄喜が大人にも見え、言葉にできないような悔しさも感じた。
ここでも自分だけが、世界から置いていかれているように。
「なんでそんなにワクワクできるんだよ...」
「オレたちは神の声を聞く神託者なんだぜ!ワクワクしなくてどうするよ!」
「....うるせえ」
「荒れてんねえ、親友よ」
会話は終始噛み合わないまま、神社に向かって歩を進めたとき、鉄喜は何かに気付いた。
「おい、翔!見てみろよ、アレ!」
「ああ、わかってる。」
神社へ続く遊歩道の脇で、キョロキョロと辺りを見回すスーツを着た見慣れない男。
「あのおっさん...黒い霧のようなもんが纏わりついてないか?」
鉄喜は目を細めた。
「ああ。あの怪物と同じだ....」
気付けば細い路地を歩く年配の女性にも同じ黒い霧が纏わりついている。
「なあ翔、そういえばお前のお祖父様が言ってなかったか、悪鬼は人に取り憑くこともあるって。オレ達がサニワとして開眼したから、そういうのも見えるようになったんじゃないのか?」
「つまりこの黒い霧ってのは、悪鬼のオーラのようなものってことか...」
「ああいうのには気付かないフリをした方がいいのかな。あのバケモンも、オレたちが見えてるって知って襲ってきたから...」
「...」
あの日の場所に着いた2人は足を止めて辺りを見渡した。
陽の沈みかけている神社、あの日の痕跡は境内には何も残ってはいなかった。
「何もねえな、翔」
「ああ...」
その時、神社の駐車場の方からから女性の悲鳴が聞こえた。
「きゃああ!助けて」
「翔!」
「行くぞ」
2人は階段を駆け降り、声の聞こえた駐車場へ駆けつけた。
その駐車場の脇の茂みの前には、服のはだけた女が座り込み、その前には男が立っていた。
「この売女が!客の金を盗むとはいい度胸してるじゃねえか!」
女は胸元を押さえ、その恐怖に目を潤ませた。
「翔、あいつ刃物持ってるぞ。というか...あいつも思いっきり黒い霧が纏わりついてる」
「ああ」
「どうする?」
翔に気付いた男はこちらに向けてナイフを振りかざした。
その姿を見た翔は、次々と眼前に現れる現実に苛立ちが限界を迎えた。
勝手な現実がまた目の前に突きつけられ、何かがプツンと切れた。気付けば翔の身体は勝手に前へ飛び出していた。
翔は、鉄喜の問いかけには答えなかった──
「え!?ちょっ、翔!やめ...」
「なんだガキこらあぁ!邪魔すん──」
飛び膝蹴り一閃──
翔の強烈な膝蹴りが男の顔面を打ち抜いた。
柔軟な体とそこから生み出される跳躍力を活かした翔の膝蹴りは美しかった。
──グホッ!」
男は翔の膝蹴りでそのまま失神し、黒い霧はいつのまにか消えていた。
翔は倒れた男を睨みつけた。自分にまた、現実を見せつけてきたかのような男の存在を憎むかのように。
「さすが翔...強え」
女は胸元を押さえながら2人に頭を下げて走り去った。
鉄喜は思わず翔に駆け寄り、肩に腕を回した。
「翔、お前やっぱり強えな!さすがオレが見込んだ親友だ!悪鬼が来ようが、神様が来ようが、舐めた奴らはオレたちサニワがぶっ飛ばしてやるぜ!ガハハハ」
「...」
翔の美しい跳び膝蹴りを目の当たりにした鉄喜は、すでに満足していた。
「随分暗くなっちまった。翔、とりあえず今日のところは帰ろうぜ!」
2人が踵を返し帰ろうとした時、翔は背筋に強い寒気を感じ振り返った。
「!?」
そこには、消えていたはずあの黒い霧が大きな塊になって2人の前に浮かんでいた。
「なっ、これってまさか...」
「子ドモノサニワカ。ウマソウダ、グヘヘへ」
丸く大きな黒い霧の塊は言葉を発しながら怪しく渦巻いていた。
「鉄喜!逃げろ!あいつだ!」
「いや、お前こそ!今度こそ殺されるぞ!」
変形した霧は人型をかたち作り、やがて子どもの姿をした何者かが現した。
「なんだ、こいつ!?」
「あの時の怪物とは違う!」
「こっ、子供?」
「想像したよりも、やけに小さいなコイツ...」




