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第86話 黄泉へ

 蘭が翔の家を訪れると、家の前には大きなトラックが止まっていた。

 ペットショップから大量のケージと動物たちがパッキングされ、次々と積み込まれていく。

 金属が擦れる音と、檻の扉が閉まる乾いた音が、朝の空気にやけに響いていた。


 その様子を、翔と光明は静かに見つめていた。


「ありがとうございましたー!」


 トラックが去ると、蘭と翔の目が合った。


「翔くん……どうしたの?」


 翔は頭を掻いた。


「ああ。お父がいなきゃ、こんなにたくさん動物の世話できないからさ。買い取ってもらったんだ」

「そうなんだ……」


 光明は二人の肩を叩き、ニコリと笑った。


「ほほ、茶でも飲むかね」


 蘭は翔の顔をちらりと見て、頷いた。


「……うん」


 ガランとしたショップを見渡せるテーブルに、三人は腰を下ろした。

 壁に貼られたままの値札やチラシ、空になった水皿が、やけに目につく。


 光明の、お茶を啜る音だけが響いた。


 その時、ドアのベルが鳴った。


「こんにちはー!」


「あ……」


 呉服屋の亜紀と、その娘の玲那だった。


「あ、光明さん!久しぶり!」

「ほほ、亜紀ちゃんかね。久しぶりじゃ」


 玲那はニコニコと笑いながら、蘭の隣にちょこんと座った。


「お姉さん、めっちゃ可愛い!!」


 蘭は眉をピクリと動かし、玲那の顔を見る。


「何……この子?」


 亜紀は慌てた。


「ごめんなさい〜!その子は娘の玲那です。女の人には人懐っこすぎちゃって。ほら、玲那、ちゃんと挨拶しなさい!」

「ごめんなさい!玲那です!中学三年生です!趣味は〜」


 その時、また店のドアが開いた。


「おはようございます!」


 蘭は横目で確認し、小さく呟いた。


「鉄喜……」


 光明は笑った。


「鉄喜くん。おはよう」

「お祖父様、おはようございます!……なんか、思ったより人がたくさん……」


 急に騒がしくなった店内。

 翔は何も言わず、席を立った。


 そんな翔を、亜紀が呼び止めた。


「あ、翔くん!今日これを渡しに来たんだ!」


 亜紀は包みを、翔に手渡した。


「これは?」

「利蔵ちゃんから預かってたの。三重の装束!」


 広げられた装束は、コートのようで、大きなフードが付いた変わったものだった。

 袖を縁取る赤い刺繍は、利蔵を連想させる炎のような形。


 翔は一瞬だけ、それが揺れたように見えた。


蘭は、翔の手に握られた装束から目を逸らした。

それを見るのが、怖かった。


「三重はね、神様の声を聞く時、必ずこれを着てたんだよね」


 翔は装束を握りしめ、そのまま外へ足を向けた。


 その時、光明の鋭い視線が翔に向けられる。


「翔や。お主、どこへ行くつもりじゃ?」


 全員の視線が、翔の背中に刺さった。


 蘭は席を立ち、声を震わせた。


「翔くん……もしかして……」


 翔は大きく息を吐いた。


 何も答えない翔に、光明が再び口を開く。


「翔。ワシの声が聞こえんか?お主、一体どこへ──」


 翔は光明の言葉を遮った。


「──じいちゃん。そんなの、決まってるじゃないか……」


 光明は、ゆっくりと席を立った。


 翔は、しばらく何も言わなかった。


 誰も、声をかけなかった。

 茶の湯気だけが、ゆっくりと立ち上る。


 翔は装束を握りしめ、その手を一度だけ、強く握り直した。


 そして、顔を上げ、静かに振り返る。

 その目に、もう迷いはなかった。


──黄泉。


「お父を、連れ戻す」


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