第85話 神を超えられない理由
翔は腰を落とし、拳をククノチに向けた。
ポトッと、ドングリが一つ落ちた。
その瞬間にはもう、目の前にククノチの姿はなかった。
「何してる」
背後から、ククノチの声。
振り返った瞬間、視界が白く弾けた。
翔の顔面に、容赦なく木刀が振り抜かれる。
「ガッ……!」
仰向けに倒れた翔。
空に跳んだククノチの足裏が、一瞬だけ映った。
「お前、何がしたい」
翔は体を横に転がし、紙一重で次の一撃を避けた。
ククノチが振り下ろした木刀は地面を揺らし、深くめり込む。
バラバラと、境内の木からドングリが落ちた。
翔は口を押さえ、よろめきながら立ち上がる。
その瞬間、腹に強烈な衝撃。
「グッ……」
木刀の柄で腹を打ち抜いたククノチは、苦悶の表情を浮かべる翔を見下ろし、問いかけた。
「お前は一体──何を守りたい」
「クソッ……」
苦し紛れに放った突きを、ククノチは木刀で絡め取り、そのまま地面に叩きつけた。
「グハァ!」
視界が揺れる翔の顔を、ククノチが上から覗き込む。
「終わりか?」
翔はじわりと涙を滲ませ、唇を噛み締めた。
「まだ……だ」
ククノチは表情を変えない。
「そうか。じゃあ、立て」
ふらふらと立ち上がった翔は、再び拳を構えた。
その手は、小刻みに震えている。
「強ぇなぁ……ククノチ様。惨めになっちまうよ。何したって、勝てる気がしねえ」
ククノチは空を見上げた。
「強いか。そんなものに価値はない」
翔の眉が、ピクリと動いた。
「お前、利蔵から一体、何を学んだ?」
翔は視線を落とす。
「何を……って──」
呟いた瞬間、景色が反転した。
ククノチの木刀が足を払う。
翔の頭が、地面に叩きつけられた。
「お前は、利蔵から何を継いだ?」
こめかみに木刀の先を押し付けながら、ククノチは続ける。
「人間が神に勝てない理由。わからないのか、お前?」
「勝て……ない、理由……?」
ククノチは、ぷいっと翔に背を向けた。
「立て。まだだ」
翔は震える膝を押さえ、再び立ち上がる。
ククノチは腕をだらんと垂らし、翔へと向き直った。
「利蔵の魂。まだお前に継承されてない。つまり──」
ククノチは木刀で、翔を指した。
「まだ、終わっていない」
沈黙が、境内を包み込んだ。
「魂……継承……」
翔は、ニヤリと笑った。
「わかったよ……ククノチ」
翔は膝に力を込め、飛び込んだ。
──これが、答えだろ。
そう言わんばかりに。
ククノチは、目を見開いた。
「お」
翔の拳をギリギリでかわしたククノチ。
翔は勢い余って、前方に転げた。
「はあ……はあ……」
翔は、立ち上がれなかった。
ククノチは頬に手をやり、ぽつりと呟く。
「……かすった」
ククノチは、翔を見下ろした。
「賽銭……入れて行けよ」
そう言うと、いつものようにパタパタと社殿の中へ駆けていった。
翔は、ぼやける視界の中、去っていくククノチの背中に向かって呟いた。
「ありがとう」




