表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/87

第83話 百鬼夜行【残香】

 夜が、明けかけていた。


 東の空がわずかに白み、河原に残っていた闇が、ゆっくりと薄れていく。

 ついさっきまで百鬼夜行がここにあったとは思えないほど、世界は静かだった。


 翔は、膝をついたまま動けずにいた。


 地面に手をついても、立ち上がる気力が湧かない。

 胸の奥が、ひどく空っぽだった。


 ──勝ったはずだった。


 酒呑童子は消え、百鬼夜行も去った。

 救われた。


 それなのに。


 翔は、そこにいない人物の姿を、何度も探してしまう。


「……お父」


 声に出した瞬間、喉が詰まった。


 返事がないことは、分かっている。

 それでも、呼ばずにはいられなかった。


「翔や」


 背後から、光明の声がした。


 振り返ると、光明は河原に立ち、夜明けの空を静かに見上げていた。

 いつもの落ち着いた表情だったが、その背中は、どこか小さく見えた。


「……オレが、もっと早く。いや、先にお父を……」


 翔の言葉は、途中で止まった。

 言い訳にも、後悔にも、なりきれない言葉だった。


 光明は、首を横に振った。


「違う」


 短く、はっきりと。


「利蔵は、自分で選んだ」


 翔は、唇を噛んだ。


「でも……」


「それでもじゃ」


 光明は、ゆっくりと振り返った。


「それでも、生きるしかない」


 その言葉は、慰めではなかった。

 叱責でもなかった。

 ただの事実だった。


 少し離れた場所で、鉄喜が座り込んでいた。

 いつもの騒がしさはなく、ただ、地面を見つめている。


「……オレ、戦えたのかな……。何かを守れたのかな、師匠……」


 鉄喜が、ぽつりと呟いた。

 光明が、その言葉を拾った。


「十分じゃ、鉄喜くん」


 鉄喜は、しばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


 その時だった。


「翔くん……」


 駆け寄ってきたのは、蘭だった。


 制服は汚れ、息も乱れている。

 翔は、立ち上がろうとして、よろめいた。


 蘭は、翔を抱きしめた。


「……ごめん」


 翔は、蘭に抱かれたまま、遠くを見ていた。


「ごめん……翔くん」


 翔は、何も言わなかった。

 でも、その言葉は、確かに翔の中に届いた。


 夜明けの光が、河原を照らす。

 世界は、いつも通りの顔を取り戻していく。


 だが、元に戻ったわけじゃない。


 失ったものは、戻らない。

 傷も、消えない。


 それでも。


 翔は、空を見上げた。


 あの夜、緑に輝いた感覚が、まだ体の奥に残っている。


 ──聞け。感じろ。


 誰かの声が、胸の奥で響いた気がした。


 翔は、静かに息を吸う。


 鉄喜は少し離れた場所で座り込み、何度か立ち上がろうとしては、やめていた。

 笑いも、冗談も、今は出てこない。


 蘭は翔のそばに立っていたが、足元は不安定で、

 踏み出せば崩れてしまいそうだった。


 勝ったはずなのに、

 誰も、終わった気がしていなかった。


──でも


「……行こう」


 蘭と、鉄喜と、光明を見る。


「オレ、多分……わかってる」


 光明は、わずかに目を細めた。


「そうじゃな」


 夜は明けた。

 何一つ、終わっていない。

 それでも、歩くしかない。


 失ったものを、背負ったまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ