第81話 百鬼夜行【拒絶】
駅構内を抜け、蘭は立体駐車場へ駆け込んだ。
夜のコンクリートは冷たく、足音がやけに大きく響く。
河原へ行くには、ここを抜けるのが一番早い。
「……急がなきゃ」
その時だった。
進行方向の影が、ゆっくりと形を持つ。
「相変わらず、独りだね、お姉ちゃん」
不気味な弟の声。
蘭は、思わず足を止めた。
「……蓮」
蓮はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「河原に行くつもりか?」
「……どきなさい」
短く言ったつもりだったが、声が震えた。
蓮は、くすりと笑う。
「やっぱりな。同じ匂いがすると思った」
「何しに来たの」
「迎えに来た」
その言葉に、胸がきしんだ。
「お姉ちゃんも、こっち側。そう言ったでしょ?」
蘭は奥歯を噛みしめた。
「……違う」
「違わない」
蓮は一歩、近づいた。
蘭は構えた。
拳に力を込め、踏み込む。ふわりと青いオーラが蘭を包んだ。
先に動いたのは、蘭だった。
蹴りが走り、拳が届く。
確かに、当たっている。
「……やるじゃん」
蓮は後退しながらも、倒れない。
次の瞬間、視界が揺れた。
「でもさ」
蓮の声が、近い。
「誰も、お姉ちゃんのことなんか助けてくれないんだろ?
独りじゃ勝てないよ、お姉ちゃん」
息を吸おうとして、胸が詰まった。
喉の奥がひりつき、視界の端が滲む。
胸に、何かが刺さった。
「黙れ!」
蘭の動きが、一瞬、鈍る。
――あ。
踏み込みが、半拍遅れた。
「僕だけが、お姉ちゃんの味方だよ──」
蓮の刃が、閃いた。
冷たい気配が、肌を撫でた。
「一緒に逝こう」
避けられる。
そう思った。
でも、足が出なかった。
衝撃。
蘭は地面に叩きつけられ、息が詰まった。
「っ……!」
立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない。
腕に力を込めた瞬間、肘が抜けた。
関節が、逆に折れた気がして、息が止まる。
蓮が、上から見下ろす。
「終わりだね……お姉ちゃん──」
刃が、ゆっくりと持ち上げられた。
──ああ、そうか。
蘭は思った。
これでもう、何も考えなくていい。
……死んだ方が、楽だった。
寂しいなんて、感じなくて済んだんだ。
蓮……アンタを悪鬼にしたのは、アタシのせいかもしれないね。
ごめんね、パパ、ママ。
生まれてきて──
そう思ったよ──
昔の自分なら。
蘭は、絶望の淵で──笑った。
蓮は一瞬目を顰める。
「何がおかしい?」
──アンタなんか、倒す必要すらないよ。
「ばーか」
刃が、振り下ろされる。
──ここまで、全部、計算通り。
目を閉じようとした、その瞬間。
「何してるの!!」
──ほら。
駐車場に、怒鳴り声が響いた。
振り返ると、父と母が立っていた。
その後ろに、警察官の姿。
「蓮!!」
蓮の表情が、大きく揺らぐ。
「ママ、パパ……なっ……なんでここに」
「アタシは……あんたとは違うの」
蓮の動きが、止まった。
「まさか……お姉ちゃん……」
その隙に、警察が飛び込む。
父が、母が、絶叫して崩れ落ちる。
蘭は息を整え、立ち上がった。
母親の顔も、父親の姿も、一切見ない。
蘭の父親が叫んだ。
「き、君! 大丈夫か!?」
蘭は、その背を向けたまま走り出した。
「さようなら、パパ。ママ」
身体は痛い。
心も、痛い。
それでも。
「……行かなきゃ。翔くん」
河原へ。
蘭に、もう迷いはなかった。




