第80話 百鬼夜行【初撃】
酒呑童子が一歩、前に出た。
河原の空気が、それだけで震えた。
翔は反射的に身構えた。
身体が、危険を訴えている。
「来るぞ、鉄喜……!」
次の瞬間。
酒呑童子の姿が、消えた。
「──ッ!」
衝撃が来たのは、視界に映る前。
翔の腹に、重たい何かが叩き込まれる。
息が詰まり、身体が宙を舞った。
「翔!!」
鉄喜の叫びが遠い。
背中から地面に叩きつけられ、視界が弾けた。
「ほう……」
酒呑童子は、つまらなさそうに首を傾げた。
「一応、避ける気はあったんやな。やけど……まだ、や」
鉄喜が前に出る。
金色のオーラを爆発させ、拳を振るった。
確かに、当たった。
だが──
「っ!?」
拳は、途中で止まった。
見えない何かに掴まれたように、動かない。
次の瞬間、鉄喜の身体が横殴りに吹き飛ばされた。
「がっ……!」
地面を転がり、鉄喜は咳き込んだ。
「冗談……だろ……」
翔は歯を食いしばり、立ち上がる。
──効いてない。
強いとか、速いとか、そういう次元じゃない。
まるで……スサノオ様……。
「……鉄喜、下がれ」
「無理だ……まだ、やれる……!」
翔は一瞬、迷った。
だが、次の瞬間には決めていた。
空気が、歪む。
河原の景色が、水面のように揺らいだ。
「……神様、悪い。もう一回」
喉が、焼ける。
「もう一回だけ……!」
自然の拒否。
世界そのものが、異物を排除する力。
空間がねじれ、酒呑童子の周囲が押し潰される。
──手応え。
だが。
「……なるほどな」
酒呑童子は、その場に立っていた。
歪みの中で、笑っている。
「自然の申し子が、自然を歪ませよる」
次の瞬間、歪みが逆流した。
「なっ……!」
翔の身体が、後方へ弾き飛ばされる。
まるで、世界そのものに拒絶されたかのように。
膝をつき、翔は息を荒くした。
視界が、暗い。
「効かんのや」
酒呑童子は、ゆっくりと歩み寄る。
「お前の力は確かに面白い。やけどな……」
足元の影が、ざわりと蠢いた。
「ここは、もう“そっち側”や」
百鬼夜行が、河原を囲んでいた。
鉄喜が、歯を食いしばる。
「……クソ……」
その時だった。
「待たれい。酒呑童子殿」
低く、落ち着いた声が響いた。
闇の奥から、二つの影が現れる。
「遅れてすまんの、翔。鉄喜くん」
杖を突き、ゆっくりと前に出てきたのは──光明。
その隣に立つのは、利蔵。
「師匠……!」
「おじいちゃん……」
翔の声に、光明は一度だけ頷いた。
「よく耐えた」
酒呑童子は、二人を見て目を細めた。
「……ほう」
楽しそうに、口角が上がる。
「また、面白いのが出てきよった」
光明が一歩、前に出る。
「ちいと、手合わせ願えんかの?」
その背中は、小さい。
だが、不思議と大きく見えた。
翔は、胸の奥に灯るものを感じた。
──助かった。
だが同時に。
なぜか、嫌な予感が消えなかった。
百鬼夜行は、腰を据えたままだった。
まるで──
サニワの終焉を、待っているかのように。




