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第6話 鍛冶屋の金剛力士──鉄壁


翌朝、利蔵と光明は隣の病室にいた鉄喜も連れ立って翔の病室を訪れた。


「さて、どこから話そうかの」

光明が天を仰ぐと、鉄喜が口を開いた。

「翔のお父様!おじい様!初めまして、鉄喜です!翔の......大親友です!よろしくお願いします!」

翔は即座にツッコむ。

「大親友って、いつからだよ」


 翔のツッコミをかき消すかのように鉄喜は声量を上げた。

「なんかうまく言えないけど、危なっかしい翔だけど、もうこれからはオレがいるんで、安心してください!押忍!」

 翔はたまらず声を荒げる。

「何言ってんだ、お前!?昨日までオレをやっつけようとしてたくせに!」

 鉄喜は、手元を見つめ声のトーンを落とした。

「いや、オレは意識が戻ってからいろいろ考えたんだ。なんであのバケモンがオレたちの前に現れたのか。なんでオレがやられたのか。なんでオレが翔に執着しちまうのか。」

「ほう」

目を丸くした光明と利蔵は、鉄喜の顔を覗き込んだ。

「うまく言えないけど、翔って、多分特別なヤツなんですよね!?オレ、頭は悪りぃけど、そういうのはなんかわかるんだ!オレはコイツを守らなきゃいけねえ!って、あのバケモンが現れた時、なぜかオレはそう感じたんだ!でも...でも、オレはビビっちまった...情けねえ。足が動かなくなっちまった...」


 拳を握り小刻みに声を震わせながら話す鉄喜に、光明と利蔵は驚き顔を見合わせた。

「なのに、あんなバケモン見ても翔は、やるしかねえって言いやがったんだ!その姿見たらなんか体が熱くなって、そしたら腹の底から力がみなぎってきて!....まあ、やられちゃったんだけど...でも、もうオレは逃げねえ!お父様!お祖父様!これが、きっとオレの役目だと思うんです!そうですよね!?」

目を赤くしながら大声で喋り続ける鉄喜を見て、翔は圧倒されていた。

「もう一度言うけど...何言ってんだ、お前」

すると、そっと彼の膝の上に手を乗せた利蔵は優しく微笑みかけた。

「鉄喜くん、君こそ特別な男だ!これからもよろしくな」

「はい!」


熱く語る鉄喜に呆気にとられていた翔は口を開けたまま、目をぱちくりさせた。

「ほほ、では、お主らには、昔話から聞かせようかの」


鉄喜の暑苦しい熱弁に加えて、人が増えたせいで病室の空気が妙に熱い。

(……うるさいだけじゃなく、暑苦しいやつだな)

翔は小さくため息をつき、エアコンの温度を一つ下げた。


光明は静かに話し始めた。

「よいか。古き伝承には、世界の東の果てには...」



翔と鉄喜は、光明の語る古い伝承に耳を傾けた。

昨夜の怪物との遭遇、その衝撃の余韻がまだ体を駆け巡っている。


「――というわけじゃ。昔から伝わる話でな」


ひと息ついた光明に、鉄喜が勢いよく手を挙げた。


「お祖父様!質問があります!まさかあのバケモンみたいなのが神様なんですか?」


「おそらく式神じゃ」


「げっ、シキガミ?神様の使いってことですか?」


「そうじゃな。何者かの分身のようなものじゃ」


鉄喜は身を乗り出す。


「じゃあ、あれを送り込んだのが……神様?」


光明は首を振った。


「悪鬼、鴉天狗じゃ」


「アッキ……カラステング?つまり悪い神様ってことか?」


光明が言葉を探すように視線を落とした瞬間、利蔵が口を挟んだ。


「神と悪鬼を完全に分けて考えるのは難しい。あいつが“神”と言ったのは、全くの嘘でもない」


「ど、どういうことですか?」


光明はゆっくり頷いた。


「神々は先の戦を悔い、人との契約を守っておる。もう戦わぬとな。

じゃが、一部の神はその契約を破り、戦いを選んだ。そうした神を、わしらは悪鬼と呼ぶのじゃ」


「元は……神様だったってことか」


「悪鬼は狡猾じゃ。また大戦など起こせば沈黙している神々まで動く。

そこで奴らは姿を隠し、小さく、静かに人間社会を蝕む。

土地神を食い殺し、地を呪い、人に取り憑き……気付かれにくい形で厄災を運ぶ」


短い沈黙のあと、翔が重い口を開いた。

「あいつ……オレたちを見て、サニワって言った。オレらは、サニワなのか?」


光明は一瞬、鋭い目で翔と鉄喜を見ると、すぐに柔らかく笑った。


「ほほほ。その通りじゃ。お主らはサニワ――神の声を聞く者。だから悪鬼が見えるのじゃ」


「おっほー!かっけえ!なあ翔!」


鉄喜がはしゃぐのとは対照的に、翔は窓の外に視線を向けた。


光明は続ける。


「サニワの力は十六歳に発現する。お主らが見えるようになったのも、それじゃ。

ただし……翔の守神だけは、わしらにも見えぬ」


「だから今まで何も教えてくれなかったのか?」


翔は少し目を赤くして睨んだが、光明は微笑むだけだった。


空気が重くなったところで、鉄喜が割って入る。


「と、とにかく!オレらは神託者ってことですね!じゃあ、オレ達は何をしたらいいんだ!?」


「焦るな、鉄喜くん。今まで通りで良い。進むべき道は、そのうち分かるさ」


「は、はい……。あ、そうだ!あの黒い槍のこと!オレの腹、貫いたはずなのに無傷で……」


光明は静かに答えた。


「あれは邪気を纏っておった。物理の槍は、お主の体が弾いたのじゃ」


「えっ!?」


利蔵が肩に手を置いた。


「それが君の能力だ。サニワが持つ、神技と言われる力だよ」


「お、おおおお!オレの能力!?」


光明が頷く。


「鉄喜くんを守る神は金剛力士。守りの神だ。

体を硬化し、あらゆる攻撃を弾き返す……鉄壁と呼ばれる神技じゃ」


「鉄壁ぃぃぃ!鍛冶屋のオレにピッタリだぁ!」


しばらく盛り上がったあと、鉄喜の視線が翔に向いた。


「しょ、翔の能力は!?なんなんだ!?」


光明は息をついた。


「……それが分からぬのじゃ」


鉄喜が次々と質問をぶつけ、光明と利蔵が答えていく。

そのやり取りを横目に、翔はわずかに眉を寄せていた。


鉄喜はまるでスポンジみたいに全部をそのまま吸い込んでいく。

──式神?悪鬼?神託者?契約?

どうして鉄喜は、こんな突拍子もない話をこんなに素直に受け入れられるんだ。


(…なんでだよ。なんでお前はそんな顔で聞いてられんだよ)


翔は視線を落とし、やがて立ち上がった。


「翔、どこ行くんだよ!」


「来るな。殺すぞ」


鉄喜は口をぱくぱくさせたまま固まり、光明と利蔵は深いため息をついた。


だが鉄喜は二人を見て、拳を握りしめる。


「安心してください。オレがアイツを守ります。救われた命なんで、今度は返します!」


「頼もしいの」


「ありがとう、鉄喜くん」


鉄喜は退室しようとドアの前まで歩いて何かを思い出したように足を止めた。

「そういえば...オレの意識がなくなる寸前、あのバケモンは翔を見て、ワイルドなんちゃらかって言ってました。翔の能力に関係あるんですかね?」

利蔵と光明は驚いて顔を見合わせた。

「まさか...!!??」


鉄喜はそのまま病室を後にした。

鉄喜のいなくなった病室は静まり返り、光明と利蔵は天を見上げた。



父親と祖父が隠していた事実。

母の死の真相。

自分の正体。

再び現れるかもしれない怪物。


現実が追いつかないまま、焦燥感だけが積もっていく。


あの日以来、利蔵とは必要最低限の会話しかしなくなった。

自分だけが何も知らなかった。

自分だけが何者かわからない。

日常に戻っても、翔の胸に渦巻く疑問は晴れなかった。

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