第78話 百鬼夜行【開始】
蘭はスマホを見た。
「スマホ……動かない」
鉄喜は慌てた。
「どうする、翔! 一旦帰って師匠とお祖父様に──」
翔は鉄喜の言葉を遮った。
「ダメだ、間に合わねえ! それに、これ以上神社に悪鬼を近づけたくねえ!」
「じゃあ、どうすんだよ!?」
翔はニヤリと笑った。
「狙いはオレ、だろ?」
翔は蘭を見た。
「翔くん……」
「蘭、お前がお父とじーちゃんに知らせてこい!」
蘭は頷いた。
「翔くん達は?」
「オレ達が出会った日、お前が手を引いて連れてった場所、覚えてるか?」
「うん──街の外れの河原」
翔はニコリと笑った。
「そこで迎え討つ! 頼んだぞ!」
命令じゃない。
覚悟の宣言だった。
蘭は返事をせず、背を向けた。
怖かった。足が震えた。
でも、翔が──
とんでもなく、かっこよかった。
翔と鉄喜は、商店街を引き返し、駅に向かった。
河原への最短経路。
二人の駆ける後を追うように、地面からゾワゾワと黒い影が立ち上がる。
閉店後のはずの店のシャッターが、ガタガタと音を立てて揺れた。
街灯が一つ、また一つと瞬き、影だけが地面に増えていく。
人の気配はない。
あるのは、追われているという確信だけだった。
鉄喜が振り返った。
「翔! 影が! 半端な数じゃねえ!」
翔は振り返らない。
「わかってる! いいから走れ!」
翔は街の時計台を見た。
秒針がプルプルと震え、何秒かに一回だけ、その時を刻む。
「時が……止まりかけてる」
蘭は商店街を、翔達とは反対に駆けた。
「パパ、おじいちゃん……翔くんを助けて」
バスが見えた。
その時、蘭は突然足を止めた。
バスのエンジン音が、やけに遠く感じた。
胸の奥で、何かが「違う」と叫んでいた。
脳裏に過った、弟・蓮の顔。
──まさか。
嫌な想像を振り払おうとしても、足が動かなかった。
行かなきゃいけない場所は、本当にあっちなのか。
蘭は、唇を噛みしめた。
蘭は翔の家に向かうバスに乗らず、そのまま住宅街へ駆けた。
研修旅行中、常に蘭の胸を圧迫していた存在。
氷室家の豪邸。
一室だけ光が漏れていた。
母親、父親、二つの影が揺れる。
二階に電気はついていない。
「あいつ、いない!」
蘭はそれを確認すると、すぐに踵を返し、翔の家に駆けた。
「この背後にあいつがいる。アタシにはわかる……」
翔と鉄喜が河原に足を踏み入れた瞬間、
地面が──鳴った。
「来るぞ、鉄喜!」
「おう!」
翔の赤いオーラと、鉄喜の金色のオーラが混ざり合う。
熱と重さがぶつかる。
影が翔の前を飛び跳ねた。
一体、二体。
数える意味はなかった。
翔は考えるより先に、踏み込んでいた。
影は、その場で形を作る前に飛散した。
鉄喜は腰をかがめ、全身に力を入れる。
身に纏っていたオーラが膨張し、
触れた影は次々と姿を消していった。
「やれる! 祓える!」
そう思った瞬間、鉄喜が慌てた。
「翔! アレ!」
駆けてきた街の明かりが、奥から順に消えていく。
街を覆った巨大な雲が、無数の影を撒き散らしながら近づいてきた。
河原から、音が消えた。
風が止まり、川面のさざ波が凍りついたように静まった。
虫の声一つ、聞こえない。
「街が……襲いかかってくる……」




