第5話 大森鉄喜という男──鉄は熱いうちに
月明かりが病室を青白く照らしていた。静かな夜の中で、翔はひとりベッドの上で身じろぎした。
放たれた黒い大槍が顔を掠めた時のあの風圧──
鉄喜が倒れた瞬間──あの吐息が胸に残っている。
「……生きてるかな、あいつ」
小さく呟き、天井を見上げたとき。不意に視界を遮る巨大な“影”が覆いかぶさった。
「ひっ!だっ誰だ!?」
「よ!」
「大森鉄喜!」
「霧島ぁ、ここで会ったが100年目!」
薄暗い病室に、鉄喜の大声が響いた。
「うっ、嘘だろ、お前!こんなところで!」
慌ててベッドから飛び起きて身構える翔に、鉄喜は頭をかきながら、バカみたいに大きな笑顔を見せた。
「オレは鍛冶屋だ!鉄は熱いうちに打てってな!......なーんてな!大丈夫か、お前?」
「おっ、お前こそ!」
「ああ、なんかいつになくピンピンしてるぜ!」
「そんなバカな!あの槍は完全にお前を貫いてた!」
鉄喜は自分の腹をポンポン叩きながら言った。
「ほら、見ろよ。どこも痛くねえんだ。槍に刺された痕跡すらねえ!」
翔は眉をひそめた。
怪物に貫かれた時の光景が鮮明に脳裏に浮かぶ。
あれが夢だったとは思えない──。
だが、鉄喜はただのバカみたいな笑顔を浮かべているだけだった。
「そっそうか...お前、見た目に違わずタフだな」
「凄かったな、あの怪物!なんなんだ、あれ?」
「いや...わからない。」
鉄喜は腕を組んでうんうんとうなずいたかと思うと、急に翔の顔を覗き込んだ。
「そっか!そんなことよりお前、オレがやられた時なんて言った?」
「そんなことよりって...」
「なあ、お前なんて言ったか覚えてねえのか?」
「オレ、なんか言ってたか?」
「鉄喜ー!ってオレの名前を叫んでたぞ!」
「言ってねえよ。」
「いーや、お前は言った!」
「言ってねえ!」
鉄喜に名前を呼ばれ続け、翔は胸の奥が妙にざわつくのを感じていた。
嬉しいのか、むず痒いのか、自分でもよくわからない。
ただ、こんなふうに真正面から感情をぶつけてくる奴が今まで周りにいなかったことだけは確かだった。
翔は照れを隠すように、思わず窓の外へ視線をそらした。
「お前はオレのこと鉄喜って呼んだんだ!」
「くどい!呼んでねえ!」
「だから、オレもお前のこと翔って呼ぶぜ?いいだろ?」
「勝手にしろよ」
「なんだお前、さっきから照れてんのか?」
「照れてねえって言ってんだろ!」
「ガハハハ!オレたちの勝負はまだついてねえが、もうオレとお前は親友だ!」
「黙れ!オレの方が強いし、お前は親友じゃねえ」
「ガハハハ、だから照れんなって!」
「うるせえ!」
「コラ!あんたたち!夜中よ!?」
ナースは眉間にシワを寄せながら鉄喜を引きはがす。
「いや、その…ちょっと様子見に…」
「様子見に来て病室で大騒ぎする奴がどこにいるの!」
「ハ、ハハ……オレです!」
ナースが呆れたため息を吐き、鉄喜は肩をすくめた。
「いいから!大森くん、早く自分の病室に戻りなさい」
「ハイハイ。じゃあ、翔、また明日な!」
病室の窓から見える夜景が、さっきまでより少しだけ明るく見えた。
怪物との戦いも恐怖も、このひとときだけはどこか遠くに感じられる。
「……大森鉄喜。アイツ、本当に……面白い奴かもしれない。」
翔の口元が、自然に、ゆるんでいった。




