第67話 禁忌を断つ光
翔は、神社の境内で一人、目を閉じていた。
瞑想。
利蔵の教え。
理屈は聞いていない。
ただ、迷ったら目を閉じろ。
そう教わった。
風が止んでいる。
虫の声が、途切れている。
──おかしい。
胸の奥のざわつきが、あの日から止まらない。
その正体も、まるで掴めない。
公園での暴走。
あの日、オレはなんか違った。
鉄喜は、そう言っていたらしい。
調和を乱せば、お前を排除する。
ククノチは、そう言っていた。
元々、自分の居場所を感じたことなんてない。
人間からも、神々からも、刺さるような視線を感じる。
オレは……一体──
翔は、ゆっくりと目を開けた。
目の前に現れたのは、ククノチ……ではなかった。
長い無精髭を蓄えた大男。
翔は、ひっくり返った。
「わっ! だっ、誰!?」
山男のような風貌の大男は、豪快に笑った。
「ガハハハハハ!
すまん、すまん! 驚かせたな!
ワシは大河内全と言いましてな!」
「オオコウチ……ゼン?……どうも」
全は、屈託のない笑顔で頭を掻いた。
「いやぁ、こんなところまで降りてきたのは久々でな。
友人の家に行くのに、迷ってしまいましてなぁ!」
翔は訝しげな顔で、全を見つめた。
「はぁ。おじさんは、一体どこへ行こうと?」
「お主の家じゃ」
翔の背筋が、凍った。
全の目に宿る覇気。人のものではない。
「おじさん……一体……」
全は境内を一瞥し、笑顔のまま呟いた。
「なるほど。
国を揺らしたのは、君か──ワイルドブラッド」
翔は反射的に構えた。
「お前、誰だ!?」
全は、楽しそうに笑った。
「ガハハハハハ!
警戒心が強いのう! さすが野生じゃ!」
全は、翔に向けて手を差し出した。
「隠しても仕方ないな。
オオクニヌシ。
おじさんは、神だ」
翔は、目を丸くした。
「か……神様」
翔は、その大きな手を恐る恐る握った。
オオクニヌシは翔の手を見て、頷いた。
「優しい手だ。安心した」
オオクニヌシは一歩距離を取り、向き直ると、
汚れた装束から肩を出した。
「翔くん、だったな!
一丁、相撲でも取らんかね?」
「なんで……オレの名前を」
オオクニヌシは、ニヤリと笑った。
「さあ、思いっきりぶつかって来い!
翔くん!」
⸻
蘭の氷刃が、蓮の首に届く寸前──
その腕を、優しく誰かが掴んだ。
蘭は振り返った。
「翔くん! どうして!?」
翔は、ニコリと笑った。
「悪いな、蘭。
その刃、一旦収めてくれねえか?」
鉄喜は、血だらけの手で翔に手を伸ばした。
「翔……お前、なんで、ここに……」
翔は鉄喜を見下ろした。
「鉄喜……
その答えは、後でもいいか?」
蓮は、唇を震わせた。
「貴様……」
翔は蓮を睨みつける。
「お前も、ちょっと黙ってろ」
そう言うと、翔は地面に両手を置いた。
「不自然を……正さなきゃいけねえ」
翔は目を閉じる。
「これ以上、人間は……
悪鬼は、禁忌を犯しちゃいけねえ」
その瞬間。
地面が揺れ、至るところから赤黒いオーラが吹き出した。
「オレがここに、歪みを作った。
それを、正す」
鉄喜は、目を見開いた。
「あの時と同じだ……」
地面から吹き出すオーラ。
そして、翔を覆うオーラ。
その色は、赤から──緑へと変わっていった。
蘭が、小さく呟く。
「翔くん……色が……変わった……」
翔は、ニコリと微笑んだ。
「オレはワイルドブラッド。
自然とは、オレのこと。
守神はいない──」
蓮の顔が、みるみる歪んでいく。
「ぐあぁ……なんだ……」
──故に、正しい!!
翔が叫ぶと、緑の光が公園を眩く照らした。
光に飲み込まれた蓮は、苦悶の表情を浮かべ、
やがて、意識を失った。
光が消えると、嘘のように公園は静まり返った。
「一体……何が……」
蘭と鉄喜は、顔を見合わせる。
翔は、意識を失った蓮に呟いた。
「次は、容赦しねえ」
翔は蘭と鉄喜を振り返り、ニコリと笑う。
「さ、帰ろうぜ」
見上げた夜空は、
どこまでも遠く、静かだった。
その向こうで、
誰かが豪快に笑った気がした。




