第65話 覚悟の行き先
唸りを上げる鉄喜の剛腕。
一番近くにいた少年の顎が、音もなく跳ね上がる。
体が宙を泳いだ。
鉄喜は宙に舞ったその足を掴み、
人を人形のように振り回す。
周囲がざわめく。
肩。
肘。
拳。
荒々しく振り回される一撃一撃が、
人の形をした影を、次々と崩していく。
「ぐっ……!」
「待っ……こいつ……!」
距離を取ろうとしても、鉄喜は逃がさない。
踏み込み、腰を落とし、下から突き上げる拳。
鈍い音。
地面に転がる影。
「喧嘩ってのはな──」
鉄喜の声は、低く、よく通った。
「覚悟だ!」
振り向きざま、背後から伸びた腕を掴み、
そのまま叩きつける。
──喧嘩自慢、大森鉄喜。
「こんなに強えのか……」
夜の公園に群がる無数の影に、
“絶望”が、じわじわと広がり始めていた。
徐々に、影が作り出した円陣が、薄くなっていく。
「どしたー? そんなもんかぁ!」
喧嘩の体をなしていない、一方的な暴力。
影たちの頭の中に、後悔の二文字が浮かぶ。
⸻
その時、鉄喜の耳元で、幼い笑い声が響いた。
同時に、脇腹に冷たい感覚。
冷たさが、熱さへ。
熱さが、痺れへと変わった。
「この……野郎」
蓮は、鉄喜の脇腹から、
するっと刃を抜いた。
「蓮のやつ……やりやがった」
鉄喜も、そして周囲を囲う影も、
一瞬、動きを止めた。
「どう、先輩? 痛い?」
鉄喜の額から、汗が一筋、落ちる。
「次は、お姉ちゃんにしようかな?
それとも、あの赤毛の猿にしようかな」
鉄喜は、深く息を吐いた。
「ガキ……やっぱりお前──」
──舐めすぎだ。
振り向きざまに放った鉄喜の拳が、
蓮の顔をかすめて通過する。
風圧でバランスを崩した蓮を、
鉄喜は見下ろした。
「これからだろ、クソガキ」
腕を振り上げた鉄喜。
だが、今度は足に刃が突き立てられた。
「くっ……てめえ……」
苦しむ鉄喜の顔を見上げ、
蓮はニヤけた。
「これからなんでしょ、先輩?」
しかし鉄喜は構わず、
蓮を掴み、地面に叩きつけた。
「ぐっ……!」
鈍い音が、公園に響く。
フラフラと立ち上がる蓮。
「すっ、すごいねえ……先輩。
ほんとの力も使わず、こんなに強いんだ?」
周囲は、首を傾げた。
「ほんとの力?
なんのことだ?」
鉄喜は、刺さった刃を抜き、投げ捨てた。
「お前らガキとの喧嘩に、
神様頼ってたら、金剛力士様が泣いちまうぜ」
鉄喜は地面を踏みしめ、前に出た。
だが、足元がふらつき、
前のめりに倒れる。
「クソ……!」
蓮は、投げ捨てられたナイフを拾い、
鉄喜に近づいていった。
「あと数秒。
もう終わるからね」
群衆がざわめく。
「おい、蓮! もういい! 逃げるぞ!」
「本当に、死んじまうぞ!」
蓮は、倒れた鉄喜を見下ろし、
刃を掲げた。
「一人目……完了!」
⸻
その瞬間、鉄喜の姿が──消えた。
否。
自分が、飛んだ。
「ホント……頭悪いやつ、大っ嫌い!」
「蘭……お前……」
めんどくさそうな顔をする蘭を、
鉄喜は見上げた。
「だから、アンタはバカだって言ってんの!」
──やっぱり、こいつ翔に似てる。
「カッコつけてるあんたも……」
蓮は、歪んだ笑顔で、蘭を見つめる。
「良い人ぶってる、あの女も……」
握られた両拳。
拳から、立ち昇る青。
──みんな……
死ぬほど、大っ嫌い!!




