第62話 神は不自然を許さない
翌日、翔は学校に行かず、小雨が降るいつもの神社にいた。
断片的な記憶だけが、雨音に溶けて残っていた。
鉄喜と歩いていた。
街にトカゲがいた。
──蓮を見つけた。
覚えているのは、そこまで。
翔は、ククノチの踏みつけで陥没した地面に、体を合わせるように寝そべった。
溜まった雨水が、翔の服を濡らす。
小さな雨粒が地面を叩く、静かな境内。
──感じろ。聞け。
ククノチの声が、こだまする。
「はあぁ……」
雨音。
砂利が、わずかに擦れる音。
土の中の音。
織り混ざる自然が奏でる音が、鼓動のように聞こえる。
地面に沈み込み、そのまま大地に溶け込んでいくような感覚。
──このままずっと、ここにいたい。
そう思った時、ククノチが翔の顔を見下ろした。
「何してんだ、お前」
「ククノチ!」
ククノチは無表情なまま、カップラーメンを啜りながら首を傾げた。
「あ、いや……気持ちいいなって──」
ククノチは、翔の言葉を遮るように被せた。
「ワイルドブラッドだからな、お前」
翔は黙り込んだ。
ククノチは翔の頭を、木刀でコンッと叩いた。
「痛っ! なんだよ!」
「お前、勘違いするなよ」
「え?」
「お前は、ワイルドブラッドだ」
翔は首を傾げた。
「いや、知って──」
ククノチは、また木刀で翔の頭を叩いた。
「痛いって! 知ってるよ、そんなこと!」
ククノチは表情を変えず、翔の顔を覗き込んだ。
「お前は不自然。不自然は、調和を生まない」
「不……自然……?」
「調和を乱せば、お前を神が──」
ククノチは、背を向け、振り返らなかった。
──排除する。
翔は、頭を殴られたような気がした。
目の前にいる、圧倒的な力を持つ神に「排除する」と言われた。
「お前はサニワだ、ワイルドブラッド。
勘違いするな」
ククノチは、社殿に向かってパタパタと駆けていった。
──サニワ。
その言葉を、久々に聞いた気がした。
⸻
鉄喜は一人、街を歩いていた。
行き交う人々。
店。
何も、以前と変わらない。
でも、どこからか感じる違和感を、拭えないでいた。
「あ、先輩!」
「おう」
「大森先輩!」
「よお」
声をかけてくる地元の後輩達の姿は、ただの景色になり、
その声も、どこか遠くで響いているようだった。
「大森ぃ、久しぶりじゃねーか」
「あ、先輩。どうも」
地元の先輩は、鉄喜の顔を覗き込んだ。
「お前、最近、面見せねえのは、なんでだ?」
鉄喜は、言葉を発せず黙り込んだ。
「まあ、いい。
最近、面白いやつがチームに入ってよ!
なかなか非情なやつで、いい戦力になりそうなんだわ!」
鉄喜の眉が、ピクリと動いた。
しかし、そのまま背を向けた。
「そうすか。じゃ」
先輩は、鉄喜の肩を掴み、顔を寄せた。
「おい。
あんまり調子に乗るなよ、大森。
このまま抜けようってんなら、それなりの可愛がり、覚悟しろよ」
この言葉に、鉄喜の決意は固まった。
鉄喜は先輩を横目で睨みつけた。
「手、離してもらっていいですか?」
「あん?」
「オレに指図するなら、
先輩こそ、覚悟してくださいよ」
「てめえ、後悔するぞ」
鉄喜はその手を振り払い、何も言わず背を向けて去っていった。
⸻
鉄喜の先輩の後ろから、声が聞こえた。
「フフ、あれは?」
──おう、蓮。
「元々、仲間だったけどなぁ。
今、標的に変わったわ」
「そうですか。
じゃあ、僕がやりますね……
周辺も含めて、ね」
蓮は、翔に殴られた頬の痛みを確かめるように触り、
笑いを堪えるように、奥歯を噛み締めた。




