第61話 自然は罪を知らない
人気のなくなった公園で、街灯が三人の影を照らしていた。
「──というわけなんです」
一報を受けて迎えに来た利蔵と光明は、鉄喜の話を聞いていた。
利蔵は鉄喜の肩に手をやり、頭を下げた。
「そうか。鉄喜くん、悪かったね」
「いえ……すみません、師匠。
オレがいながら、止められなくて」
利蔵は首を振った。
「いやあ、鉄喜くんがいなけりゃ、今頃どうなっていたことか!
ありがとう!」
「師匠……。今日の翔は、いつもと違って……」
光明の眉が、ピクリと動いた。
「今までは、ただ翔自身が暴れるだけだったけど、
今日は地面からオーラが吹き出して、
周囲そのものの空気を変えたっていうか……」
利蔵は目を丸くした。
「ほう」
「その空気が……蓮ってやつだけじゃなく、
オレにすら牙を剥いて、襲いかかってくるような……」
光明は、眠る翔の顔を見下ろしながら呟いた。
「ワイルドブラッド……翔を飲み込み始めたか」
鉄喜は翔を抱きながら、光明を見上げた。
「飲み込む……ですか?」
「わからんがな……。
ほれ、月詠様を降臨させた音葉ちゃんを覚えておるか?」
「はい。確か音葉さんは、
自分を見失わないよう、月詠様の意思と闘っていた」
「うむ。それに似た現象かもしれぬ、と思ってな」
鉄喜は翔の顔を見下ろした。
「どうなるんですか……飲み込まれると」
一瞬の沈黙が、三人を包み込んだ。
「わからぬ。じゃが……
人としては生きられんようになるかもしれぬ」
「ど、どういうことですか!?」
「翔の行動は、昔から本能が基になっておる。
自然の本能じゃ」
「……それが?」
「自然の本能。
それは、ルールのある人間社会の倫理とは、反することが多い。
腹が減ったら、目の前の食い物を奪う。
自然の摂理をそのまま実践すれば、人間社会では犯罪じゃ。
……じゃろ?」
「確かに……」
鉄喜は、息が詰まった。
「翔は自然そのもの。
だから、生き物としては正しい。
じゃが、その正しさ故に、人間としての過ちを理解できぬ」
──たとえ、人を殺してもな。
「……正しいから──危険。
オレは、どうしたら……」
利蔵は、ニコリと微笑んだ。
「だから君がいるんだよ、鉄喜くん!」
鉄喜は、利蔵を見上げた。
「君は翔にとって、人間を学ぶ鏡でもあるんだ。
君は、人間としてあるべき姿を翔に教えてくれている。
それが、翔を人間社会に繋ぎ止める──
鎖かもしれないな」
鉄喜は、言葉を失った。
「……オレが、繋ぎ止める……はい!」
光明は、静かに呟いた。
「人間臭いあの蘭を守りたがる。
翔も、人間としてありたいと戦っているが故、かもしれんな」
鉄喜は、ハッとした。
「確かに……
あいつ、蘭を助ける時、
いつもめんどくさそうな表情をする。
自分の本能と戦ってるってこと……か」
光明は、陽の落ちた空を見上げて呟いた。
「それにしても、蘭の弟とは厄介じゃな。
気をつけてなされよ、鉄喜くん」
⸻
鉄喜は翔を車に乗せると、頭を下げた。
「鉄喜くん、乗って行かないのか?」
「はい!
今日はちょっと、寄るとこがあるんで!
ありがとうございます!」
鉄喜は二人に背を向け、駅へ向かった。
鉄喜の後ろ姿を見つめる利蔵は、
その背中に、決意が宿ったようにも見えた。
そして──同時に、危険も。
鉄喜の背中が、街の闇に溶けていく。
街の闇が、静かに牙を剥き始めていた。
その闇が、誰を喰らうのか。
まだ、誰にもわからなかった。




