第60話 目を覚ます伝承
翔が立ち尽くしていると、店の入り口が開いた。
「ただいまー。あ、こんにちはー」
制服を着た中学生の少女。
翔は軽く頭を下げた。
──中学生……娘さんか?
少女と入れ替わりで、店主が出てきた。
「これ!」
店主が見せた一枚の写真には、母の姿があった。
「あなたのお母さん! ね! 私、友達でしょ!」
「かーちゃん……」
音葉の幻術で見た母親。
写真に映る母親の姿は、さらに幼く、少女のような屈託のない笑顔でこちらを見ていた。
「持ってく?」
店主は写真を翔の前に置いた。
翔は視線を落として言った。
「いや……大丈夫」
翔は背を向け、そのまま呉服屋を出た。
店主は後ろ姿を見つめながら、ニコリと笑った。
「三重ちゃん、そっくりだ」
⸻
鉄喜と合流した翔は、鉄喜のその遠い目に、ふと気づいた。
「なんかあったか?」
「ハハ、何もねえよ。帰ろうぜ」
⸻
駅前の広場に差しかかった二人は、人だかりを見つけた。
鉄喜は首を伸ばして覗き込んだ。
「何やってんだ?」
翔は塀の隙間を縫って走るトカゲを目で追いながら問い返す。
「なんだ?」
鉄喜は翔の肩を叩いた。
「あいつだ、あいつ!」
そこには、音葉に吹き飛ばされた蓮が、通行人に支えられて立ち上がっていた。
「おい! 翔、見てるか?」
鉄喜が振り返った時には、もう翔の姿はなかった。
「え? 翔?」
もう一度、蓮に視線を戻した瞬間、鉄喜の背筋が凍った。
「やべ! あのバカ!」
⸻
翔は蓮の頭を掴み、引き摺りながら駅の構内へ向かっていた。
わざとらしく泣き叫ぶ蓮に構わず、駅裏の公園まで引き摺っていく。
公園で、そのまま勢いよく蓮を投げ捨てた翔。
「おい、ガキ。てめえ、何してる」
蓮は頭を掻きながら、フラッと立ち上がった。
「何って、ただ街を散歩してただけじゃないか。
そんなことより、お兄ちゃん達は僕のことが気になるの? フフ」
翔は表情を変えない。
「お前は悪鬼。だから祓う。それだけだ」
蓮はニタリと笑った。
「じゃあ、お姉ちゃんも一緒だね」
翔は蓮に向かって歩み始めた。
「関係ねえ」
「どうして? お姉ちゃんは──」
次の瞬間、蓮の顔が歪む。
「グフゥ」
突き刺さった翔の正拳突き。
「うるせえ。徹底的にやる。お前が消えるまで」
蓮は息が詰まる。
「そんなことしたら、あんたは──」
もう一方の拳が、再び蓮に刺さる。
「グハッ!」
「関係ねえ。恐怖で、お前の息の根が止まるまで──」
拳を振り抜いた翔。
残像が、赤黒い糸を引いた。
蓮は吹き飛んだ。
「──祓う」
⸻
「翔! 死んじまうぞ!」
いつもと様子の違う翔に、鉄喜はたじろいだ。
「なんか……違う」
翔の赤黒いオーラは、蓮を取り囲むように、地面から無数に立ち昇った。
翔は歩を進める。
「自然だ。
お前が悪鬼なのも。
オレがお前を殺すのも。
全て……自然」
翔は、もう蓮を見ていなかった。
手を広げ、天を仰ぐ。
「オレはワイルドブラッド……」
蓮は後退した。
その笑みが、一瞬だけ引きつった。
鉄喜が止めようとした、その時。
騒ぎを聞きつけた警官が駆けつけた。
「こらぁ! 君たち、そこで何してるんだ!」
「自然とは、オレのこと──故に……」
翔は突然、意識が遠のき、ふわりと後ろに倒れた。
「──オレは、正しい……」
「おい、翔! 大丈夫か!?」
駆け寄った鉄喜は、蓮の横に転がっているナイフを見つけ、指差した。
「お巡りさん! こいつがナイフを振り回して!」
蓮は公園から駆け出し、警官は蓮を追った。
鉄喜は腕の中で眠る翔を見つめ、言い知れぬ不安を覚えた。
その正体は、掴めなかった。
「ワイルドブラッド……神殺しの血……」
だが、なぜか無意識に口が動いた。
──神を殺す血の物語が、再び動き出していた。




