第4話 夢か現実か──見えた太古の記憶
ペットショップの裏の静かなリビングで、利蔵と光明は向かい合っていた。
普段は動物の声で賑やかな店内だが、この部屋だけは異様な静けさが広がっている。
利蔵は湯呑みを両手で包み、神妙な顔で口を開いた。
「オヤジ殿...」
「久しぶりじゃの、利蔵や」
「言われた通り、翔にはあらゆる格闘技をやらせています。翔は自分の強さを試したいのか、少々、外では喧嘩をしてしまうが、心は優しい子に育っています。」
「のようじゃの」
「母親のことは、まだ...」
利蔵の声がわずかに震えた。
光明はその揺れに気づきながら、あえて何も言わず、代わりに別の問いを重ねた。
「それより、自然との関わりはどうじゃ?」
「相変わらず翔の周りには自然と動物が集まってきます。本人も自然の中が居心地が良いようで、友達と遊ぶより、山や神社で遊んでいる方が好きなようです」
「そうかの」
「やはり、ヤツにもやらせねばならんのでしょうか」
「それは、わしらに決められることではないの」
光明は、空を見上げつぶやいた。
「さて、翔や。お主は現実に耐えられるかのぉ。」
──翔のまぶたの裏に、知らない光景が流れ込んだ。
見たこともない建物。
映画でしか観ないほど巨大な原生林。
空気が重く、色が濃い。まるで世界そのものが違う。
──誰かがいる。
猿の顔をした妖のような生き物。
猪のような影もある。
そして、その真ん中で立っている青年。
赤い髪。
自分と同じ色──いや、もっと深く、燃えるような赤。
青年が誰かと言葉を交わしている。
猿の顔の妖がゆっくりと振り返った。
「……サニワ、よ」
その声が波紋のように広がり、森全体が震えた。
“サニワ?”
ここはどこだ。オレは何を見せられて──
初夏の爽やかな風が白いカーテンを撫で、そのまま翔の赤髪を揺らした。
「うっ...うう」
窓から差し込む朝日にかろうじて目を開けると真っ白な天井が見えた。
「...ここは」
長く白い髭を撫でながら覗き込んでくる穏やかな光明の顔を見て、翔は少し安心した。
「目が覚めたかの」
「じいちゃん、オレ...」
言葉が喉で絡まり、出てこない。
伝えたいこと、聞きたいことが一気に押し寄せ、胸が苦しくなる。
光明はポンポンと翔の胸を叩きながらなだめた
「よい、よい。もう少し寝ておれ。」
翔は口をつぐみ、再び天井を見つめながら、必死に記憶を辿っていた。
あの時、オレが見たものは...あれは一体なんだったんだ...黒くて、大きくて、カラス...赤い目の。...黒い霧が槍になって...!?──
翔は思い出して飛び起きた。
「大森鉄喜!!あいつは!?」
「大丈夫じゃ、安心せい。まだ意識はないが邪気は払った。命に別状はない」
「じゃき?あの黒い怪物といい、一体何のことだ!?一体みんな、何だってんだ!!ううぅ」
激しい眩暈に襲われ、翔は再びベッドに倒れ込んだ。
「今は休みなさい」
翔の意識が再び遠のくのとほぼ同時に、病室のドアが開いた。
「翔は?」
「利蔵かの。ふむ、混乱しておるのう。まあ、致し方ないことじゃ。アレを初めてみるのじゃから」
「そうですか」
「初めて見るには、ちいと刺激の強い相手じゃったかのもしれんがの」
「例の鴉天狗、ですか?」
「いや、ヤツじゃったら2人とも生きてはおれん」
光明は翔の髪についた黒い灰を手に取り利蔵に見せた。
「これは、悪鬼が放った式神の....翔の友人は?」
「無事じゃ。式神が見えたとあれば、あの子も」
「大森鉄喜くん、入学式に翔にやられた因縁があるようですが、たまたま誕生日も同じでした。とすれば、おそらく彼も今日初めて...明日にでも2人に」
「じゃの」




