表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/69

第56話 遠いけど

 昼休み。

 蘭は翔の教室に来なかった。


 鉄喜はパンを齧りながら、翔に話しかけた。


「あいつ、蘭の弟なんだってな」

「ああ。夏祭りの日、神社に遅れて来たのも、あいつに邪魔されたらしい」

「そっか。この前の自殺って……」

 鉄喜は言いかけて口をつぐんだ。


誤魔化すように、窓の外を見た。


「お前、お祖父様にあれからなんか聞いたか?

 その、人間として生まれてきた悪鬼ってやつのこと」


 翔は、あの屋上を見上げた。


「詳しくは聞いてない。でも、そこらじゅうにいるらしいな」

「そこらじゅう?」

「ああ。政治家やら有名人、人に影響を与えるような立場にもたくさん。

 だから世界は少しずつ、ズレてる……みたいなこと言ってた」


「そっか……。なんかオレ達には難し過ぎるな」


 翔は深くため息を吐いた。


「ああ、わけわかんねぇ」


「そいつらってさ……自覚あんのかな?」


 翔は少し考えてから、ペットボトルの水を飲み干した。


「蘭の弟は、わかってないみたいだったぞ。でも……」


 鉄喜は翔を見た。


「でも?」


「あいつ、オレのオーラが見えてた。

 16歳にはなってない。オレ達よりも早くから能力に開眼するなら、

 自覚するキッカケにも早く出会う……かもな」


 鉄喜は背筋に、理由のわからない寒気を覚えた。


「蘭って確か……二歳で能力が発現したって……」


 言い切れず、言葉が喉に引っかかる。


「……まさかな」


 翔はなにも答えず、

 誰も飛び込んで来ない教室の入り口を見ていた。



 蘭は、翔達と出会ったあの広場のベンチに座っていた。


 翔と初めて交わした会話。


──おい、そこの女。

──何?


「はっきり覚えてる……」


 肩を持たれた、あの感触。


──でも


「……また独りだ、アタシ」


 目の前を行き交う人々。

 賑やかな街。

 今はもう、孤独を誤魔化す薬にはならなかった。


 その隙間を縫い、目の前にフワリと立った黒い影。


「フフ、お姉ちゃん」


 その声に、蘭の手が震えた。


「お姉ちゃんは、どこ行っても一人なんだね」


 蘭の体は、その声を拒否するかのように震え始めた。


「僕が一緒にいてあげようか。

 姉弟なんだから、変じゃないよ」


 蘭は声を絞り出そうとしたが、言葉は喉の奥で止まった。


「それとも、僕たちは悪鬼なんだから、って言った方がいいかな?」


 蘭の体は無意識に拳を握り、青白いオーラを放ち始めた。

 蘭は隠すように、手をポケットに突っ込んだ。


──チリン。


 ポケットの中で、乾いた音が鳴った。

 手に、何か当たった。


 夏祭りの日。

 音葉が、何も言わずに置いていった御守り。


「……また、あの女」


 蘭の中で、何かが弾けた。


 蘭は人混みの中、蓮に向けて拳を構えた。


 蓮はニヤリと笑った。


「フフ、わかった?

 お姉ちゃんは、僕と一緒なんだよ」


 蘭の目が、青く光った。


 世界が、静かになった。


「もう……どうにでもなればいい」


 御守りを握ったまま手を振り挙げ、

 氷刃を作ろうと力を込めた、その時──


「蘭、さん?」


 振り返った先には、学生服を着た音葉が立っていた。


「なんで……アンタがここにいるのよ」


「私……学校通うのに、ここ通るんだ。

 蘭さんは?」


 言葉に詰まった蘭は、蓮を見た。


 音葉はキョトンとし、目線を蓮に移した。


「……お知り合い、ですか?

 あ、ごめんなさい!

 思わず声をかけてしまって!

 お邪魔しました!」


 音葉はお辞儀をすると、慌てて背を向けた。


 蘭は、心の中で叫んだ。


──助……けて。


 音葉の足が止まる。

 ゆっくりと振り返る音葉。


「蘭さん……その人って」


 ニヤリと笑った蓮は、蘭に向かって駆け出した。


 その瞬間、音葉は蓮に向かって手をかざした。


「退け!」


 目に見えない衝撃波が、

 蓮を人混みの中へ吹き飛ばした。


 人混みは、吹き飛んだ蓮を見て悲鳴を上げた。


「蘭さん!」


 音葉はその隙に、蘭の腕を掴むと駆け出した。


 蘭は、自分の手を引く音葉の後ろ姿が、頼もしく感じた。

 同時に、死ぬほど悔しかった。



 街から外れた河原まで逃げてきた二人。

 途中で蘭は、音葉の手を振り払った。


「ハァ、ハァ……アンタ」


 恥ずかしさ。悔しさ。安堵。

 蘭は何か言おうとしたが、

 気持ちの正体が掴めず、言葉が出てこなかった。


 そんな蘭に気付かないフリをする音葉。


「ハァ、ハァ……久しぶりに走ったから、足がガクガクだー」


 蘭は絞り出すように、小さな声で呟いた。


「嫌い……」


 音葉は聞こえないフリをして、蘭に微笑みかけた。


「御守り……持っててくれたんだ。ありがとう」


「……」


 蘭は答えなかった。

 御守りを握ったまま、視線を逸らす。


 音葉は小さく笑った。


「じゃあ、またね」


 音葉はそう言って、歩き出した。


 二人は、言葉を交わさないまま別れた。


 蘭は御守りをポケットに押し込んだまま、

 川の流れを見つめた。


 水面に映る空は、まだ遠い。

 でも、見失ってはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ