第53話 悪鬼でいい
「翔くん、やめて!」
蘭は翔の前に手を広げて立ち塞がった。
その手は、プルプルと震えていた。
「どけぇ、蘭。そいつぁ、オレの獲物だぁ」
正気を失った翔の目は、蘭の向こうに立つ蓮から逸れなかった。
「フフフフフ。僕にも見えるよ。
そのお兄ちゃんに纏わりついてる赤黒いオーラ……そして──」
蓮は怪しく笑った。
蘭は思わず、蓮を振り返った。
「お姉ちゃんの背中に立ち上る、僕と同じ、その真っ黒な闇もね」
蘭の背筋が凍りついた。
言われたくなかった、言葉──。
蓮はゆっくりと鼻血を拭い、ニタリと怪しい笑顔を浮かべた。
「お姉ちゃんも同じじゃないか。
僕やパパとママを殺そうとしたんだろう」
「やめて……」
「フフ、僕を悪鬼だと言うなら……
お姉ちゃんも生まれながらの悪鬼──」
──その時。
──蘭が、
──キレた。
「黙れって言ってんのおおぉぉ!!」
蘭はその手に氷刃を作り出し、
煌めく刃を振り上げた。
「許さない……」
震える蘭の氷刃。
「フフフ、僕を殺すの? お姉ちゃん?」
「これで全部終わるなら……」
「その次は、パパとママ?」
アタシは──
蘭の凍てつく氷刃が空気を切り裂き、
蓮の首へ向かって弧を描いた。
──悪鬼でいい!
──!?
「間に合ったぁ……」
「くっ、鉄喜!」
黄金のオーラが揺らめくその右腕が、蘭の氷刃を砕いた。
「お前ら、危なすぎるって……マジで」
鉄喜の乱入に、翔はハッと正気を取り戻した。
「邪魔しないでよ!!」
蘭は再び氷刃を作り出し、鉄喜に向けた。
「ちょっ、ちょっ、ちょ、待てって!」
「どかなきゃ、アンタから殺す」
その一言に、鉄喜の目つきが変わった。
「勘違いすんなよ、蘭。
オレはお前を助ける気なんかねえ」
蘭の眉が、ピクリと動く。
「これ以上、翔の前にめんどくせえ事、持ってくるんじゃねえって言ってんだ!」
翔は目を丸くした。
「鉄喜……お前」
「翔を守る覚悟もねえ。
自分のことしか考えられねえクソ女が……」
鉄喜の全身を、足元から湧き上がる金色の光が包み込んだ。
「これ以上、オレの親友を苦しめるなら──
オレがお前を殺す」
蘭の目に、じわりと涙が浮かぶ。
──キャアアア!!
公園に来ていた親子が、
刀を振り上げる蘭を見て悲鳴を上げた。
「けっ、警察……警察を……」
翔と鉄喜はハッとした。
「翔! やべえ!」
「ああ、逃げるぞ! 蘭、来い!」
蘭は氷刃を捨て、蓮を睨みつけた。
「──もう近寄らないで」
一言だけ呟くと、背を向けた。
蓮はニタリと笑った。
「フフフ、まだだよ。
これから僕たちは、もっと仲良くなるんだ──お姉ちゃん」
背を向けたまま、蘭は一度も振り返らなかった。
──お姉ちゃんも殺そうとしたじゃないか。
──お姉ちゃんも悪鬼だよ。
蓮の言葉が、蘭の胸を締めあげた。
その手が、まだ震えていることを、誰も知らない。
鉄喜は、隣を走る翔の慌てる横顔を見ながら、安心した。
「こいつ、めちゃくちゃだけど……
やっぱり繊細なんだな……人の感情を吸収しちゃうっていうか」
翔が持つ、自分にないモノ。
鉄喜には、とんでもなく羨ましく、そして誇らしく映っていた。
「なんだってんだ……あの感覚……」
翔は、自分の中に湧いた殺意を、明確に感じ、戸惑っていた。
──殺っていい。
誰かが背中を押した気がした。
迷いが消えた、あの瞬間が快感だった。
“狩り”が、楽しくなっていた。
でも、そんな自分が怖くなった。
「まだ、多分……オレ、ダメだ」




