第48話 境界線の内側
「えー、マジで?」
「そうだよ! キャハハハハ!」
朝のバスは、何事もなかったかのように走っていた。
神様のことも、悪鬼のことも。
そんなもの、最初からなかったみたいに。
バスに揺られながら学校へ向かう翔は、窓の外をぼんやりと見ていた。
笑い声がすぐそばで弾んでいるのに、どこか遠くで鳴っているように感じられた。
「ねえねえ、あれ霧島くんじゃない?」
「あ、入学式に大森くんと喧嘩して、停学になった?」
翔は、窓の外から視線を戻さなかった。
その時、翔の情緒を容赦なくぶっ壊すあの男が、バスに乗り込んできた。
「ういぃ!! おはよう!!」
通学中の高校生の中で、一際大きな体。
どう見ても校則の外側に立っている大森鉄喜は、ドカリと座った。
「おはよう! 翔!」
「うるせえ」
鉄喜は、変わらない翔の反応が嬉しくなった。
「なんだよ! 今日も朝から考え事か? オレは今日が楽しみで仕方なかったぜ!
お前と学校に通えるんだって! ガハハハ!」
バスの中の学生達の視線が、一気に二人に向く。
大きな声。赤い髪と金髪。喧嘩したはずの二人。
高校らしくない直球の告白。
鉄喜は、たった一言でバス中の学生達の会話をさらっていった。
翔がバスを見渡すと、学生達は一斉に顔を逸らした。
鉄喜を見た翔は、思わず自分の額に手を当てた。
「これが毎日続くのか……」
通学路には、制服姿の生徒たちが溢れていた。
笑い声、スマホの画面、だらだらとした足取り。
見慣れたはずの光景が、今日はやけに眩しく見える。
翔は無意識に、歩調を少しだけ落としていた。
鉄喜は気にも留めず、前を歩きながら喋り続ける。
バス停から学校へ続く通学路でも、鉄喜の勢いは変わらない。
「いや、翔! あんなことがあったのに、今更学校ってなんか違和感しかねえよな!
だりぃってマジで、ガハハハ!」
「……全くダルそうに見えんけどな、お前」
情緒に浸る暇もなく引きずり出される苛立ち。
それでも、自分でも掴みきれなかった違和感を、
鉄喜が勝手に言葉にしていくのが、少しだけ心地よかった。
そして、もう一人。
翔の情緒を容赦なく切り裂く影が、そこにあった。
「翔くん! 鉄喜! おはよ!!」
朝の通学路には、あまりにも浮いた存在だった。
これでもかというほど、キメきったギャル。
「ら、蘭!!」
「なっ、なんでお前がここに!?」
蘭はイタズラっぽい笑顔を浮かべた。
「エヘ! おじいちゃんに頼んで、転校しちゃった!」
「え!?……なんてこった……」
翔は頭を抱えた。
「てかお前、今、鉄喜って初めてオレの名前呼んだな!」
「うん、ネタが尽きた!」
「転校ってお前……ここ工業高校だぞ?」
鉄喜が校門を指差した。
「知ってる! どうでもいい!
これで翔くんに毎日会えるでしょ?」
無言で翔は、校門を跨いだ。
「それにぃ、ここはデザイン科ってあるんだよ!
アタシは超絶可愛いから、デザイナーになろうかなって!」
「可愛いからデザイナーって、よくわからんが。
ま、いっか! なあ、翔!……あれ?」
翔は、騒ぐ不良とギャルを置いて、
一人、校舎の中に消えて行った。
翔は校舎に入る瞬間、
なぜか胸の奥がざわついて、
理由もなく、ほんの一瞬だけ立ち止まった。




