第46話 朝になっても
ハナクソで悪鬼、鴉天狗を吹き飛ばした、ヤクザのようなスサノオが去った。
空が白み始めた境内は、嘘のような静けさを取り戻していた。
ククノチは社殿の前にある賽銭箱を棒で叩いた。
「賽銭──入れとけよ」
そう言うと、何事もなかったかのように、パタパタと社殿の奥へ消えて行った。
篝火は、光が一筋差すと、その火を静かに消した。
鉄喜は、利蔵の顔を見た。
「師匠。オレ達は神社を……」
利蔵は、鉄喜の肩に手を乗せ、ニッコリと笑った。
「ああ。大したもんだ! 神域解除、免れたよ!」
鉄喜はようやく口元を緩ませ、その場にへたり込んだ。
「よかったぁ! なぁ、翔!」
翔は、明るくなった境内を遠い目で眺めていた。
「オレ達は……結局……何したんだ」
光明は、翔の顔を覗き込んだ。
「お主がおらねば、篝火はとうの昔に消えておったわ。
神域解除を免れたということは、ククノチ様はまたこの神社を回られる」
翔は社殿を振り返った。
「そうか……。ここが神域解除されてしまっていたら」
「ほほ、ここでククノチ様と会うことは、もうなかったの」
翔は無力感を覚えながらも、光明の言葉に胸を撫で下ろした。
「……それで、いいのか」
光明は長いヒゲを撫で、笑顔を見せた。
「もちろんじゃ。今は、それだけでよい」
利蔵と道心は、倒れていた音葉を抱え起こした。
音葉は、座り込んでいる蘭に視線を落とし、力ない声を振り絞った。
「蘭さん……」
蘭の肩はピクリと反応した。
「何よ。アタシはアンタみたいなのを認めないから。
アンタ、自分を犠牲にすれば、善いことしたとでも──」
「思ってないよ」
言葉を被せられた蘭は、思わず振り返った。
「──え」
音葉は、震える唇でニコリと笑った。
「思ってない……ごめんね。私──」
「ムカつく……。アンタ、本当ムカつく」
蘭は体を震わせた。
「カッコつけてるつもり?
自分が死ねばいいの?
アンタだけ、善い人で──それで満足なわけ!」
刺すような視線が、音葉に突き刺さる。
「……思ってない」
音葉は小さく首を振った。
「じゃあ何?」
蘭は一歩踏み出した。
音葉は答えなかった。
唇を噛み、視線を落とす。
蘭は舌打ちした。
「……アンタみたいなこと、アタシにはできない!
するつもりもない!」
一瞬だけ、声が揺れた。
「アタシは、自分が生き残る方を選んできたの!
そうやって生きてきたの!
それのどこが悪いっていうわけ!」
吐き捨てるように言い、蘭は顔を背けた。
「蘭さん……」
音葉は、蘭の横に静かにしゃがんだ。
何か言いかけて、言葉を飲み込む。
代わりに、そっと御守りを置いた。
蘭は、その手元から目を逸らした。
「知らないわよ、アンタのことなんて」
皆が帰路につき、社殿の前には、手を合わせる翔と光明の姿が残っていた。
境内の階段を降りる途中、翔はふと足を止めた。
「じーちゃん」
光明も足を止めた。
「なんじゃ?」
翔は手すりを握った。
「オレ……ますますわかんなくなっちまった。
この世界のことも、自分のことも。
知れば知るほど、なんにもわからなくなっていく……」
「ほほ、お主は今でも普通の高校生じゃ。
当然じゃの」
意外な光明の言葉に、翔は思わず振り返った。
「え?」
光明はヒゲを撫でながら笑った。
「ほほ、誰もがいつかはそう感じるもんじゃ。
お主だけが特別ではない」
翔は視線を落とした。
「よいか、翔。
世界はお主が思っている以上に複雑じゃ。
人間、神、悪鬼……数多の意思が複雑に絡み合い、この世をなしておる」
「数多の……意思」
「この世界が何か。
自分が何なのか。
そんなこと、簡単に分かるはずがなかろう」
「じゃあ、どうしたら……」
「ほほ。
お主が抱く疑問、怒り、悲しみ、全て正しい。
それを抱いて答えを探せば良い。
それが生きるということじゃ」
その時、階段から見える公園に、人影を見つけた。
翔の旧友、不良達が、花火に火をつけて遊んでいた。
パンッという破裂音と、白い煙しか見えない。
「花火……」
翔は、なぜか嬉しくなった。
「ほほ、花火じゃの」
花火の音だけが、朝の空に残った。
翔はその音を聞きながら、
これから先、自分がどこへ向かうのかを、まだ知らなかった。




