第44話 真夏の超常決戦【暁】〜均衡、破れる〜
鴉天狗が、ゆっくりと両腕を広げた。
その瞬間、境内の空気が一変した。
夜気が一気に重く沈み込み、篝火の炎が音もなく歪む。
「……来るぞ」
翔がそう呟いた次の瞬間──
黒い霧のようなものが地面から噴き上がり、翔と鉄喜の足元を絡め取る。
重さを持った“闇”だった。
「……ッ!!」
肺を締め付けられる。
息が、できない。
闇は瞬く間に二人の身体を包み込み、内側から押し潰すように圧力をかけてくる。
「が……ッ、なんだ……これ……!」
鉄喜が歯を食いしばる。
黄金のオーラが揺らぎ、金剛力士の力が軋む音を立てた。
翔も拳を握り締めるが、身体が動かない。
立っていられない。
──重い。
──潰される。
「フッフッフ……どうした、ワイルドブラッド」
闇の向こうから、鴉天狗の声が響く。
「その程度か、神殺し」
蘭は歯を噛み締めた。
「翔くん!!」
足を引き摺りながら前に出ようとするが、闇の圧に弾かれる。
その時だった。
「……翔くん……」
微かな声。
倒れていた音葉が、ゆっくりと目を開いた。
その瞳が、淡く光を帯びる。
「……私……護る……」
音葉の身体から、柔らかな光が溢れ出す。
それは炎のように激しくはない。
だが、確実に──闇を押し返していた。
「……ッ!」
鴉天狗が、わずかに顔を歪める。
闇が揺らぎ、圧が一瞬だけ緩んだ。
その光景を見た瞬間、
蘭の胸の奥で、何かが弾けた。
──まただ。
──また、あの女が。
「しつこいのよ、アンタ……」
低い声。
蘭の目が、怒りに染まる。
──犠牲になれば、翔くんが振り向くとでも?
──それが、可愛いとでも?
光に包まれる音葉。
その奥に、翔が見える気がした。
──あの子は、何も考えずに自分を差し出せる。
それが、どうしてこんなにも腹立たしい。
震える足で、一歩踏み出す。
「だからアタシは……アンタみたいな女」
湧き上がる負の感情に顔が歪み、涙が溢れた。
青いオーラが、蘭の足元から一気に広がった。
「大っ嫌いだって言ってんのよおぉ!!」
自分への怒りと嫉妬が複雑に混じり合った感情が、
氷の刃となって結晶化する。
「ッ!?」
怯んだ一瞬。
鴉天狗の首元へ、一直線。
──氷刃一閃。
「ギ……ッ!?」
首が、飛んだ。
闇が散り、翔と鉄喜が地面に膝をつく。
「今だ、翔!!」
鉄喜が叫ぶ。
翔は歯を食いしばり、立ち上がった。
「言ったろ……」
二人が、同時に踏み込む。
「ぶん殴るって!!」
拳が、重なる。
翔の一撃。
鉄喜の一撃。
赤と金、重なり合う拳が、二色の光を纏って鴉天狗の胴体を貫いた。
「ガ……ハッ……!!」
鴉天狗の身体が吹き飛び、社殿の柱を粉砕して転がった。
──だが。
「……フフ……」
頭部のないその体は、むっくりと立ち上がり、
散ったはずの闇が集まる。
「な……」
再び現れた、美しいほど禍々しい般若の面。
その奥から響く、恐怖の笑い。
「フハハ……良い。実に良い」
鴉天狗は、ゆっくりと腕を広げた。
「恐怖も、怒りも、嫉妬も──
すべて、闇の餌だ」
そこへ駆けつけた利蔵、光明、道心の三人に、
鴉天狗の顔が向く。
般若の面の奥で、何かが軋む。
「フハハハハ、素晴らしい。
ワイルドブラッドは怒りによって目覚め、
月詠が巫女を動かす。
サニワが嫉妬で刃を振るう。
闇はこれより、さらに深くなる。
すでに均衡は破られた。
光明、お主らの負けだ!」
光明の目が、鋭く光った。
「鴉天狗……」
翔は、一人悔しさを滲ませた。
「オレ達じゃ……祓えない、のか」
翔は拳を地面につけたまま、顔を上げられなかった。
結局──
オレは、守られていた。
何も出来なかった、その事実が、遅れて胸に刺さる。
──ドンッ!!
その時、境内の四方から、腹に響く音が聞こえた。
「太鼓……」
「まさか!?」




