第41話 真夏の超常決戦【夜】〜拳が祓いて、常闇へ〜
──痛みは、確かにある。
骨が軋み、呼吸が潰れる感覚も、はっきりと。
だが、恐怖はなかった。
「……なるほどな」
締め上げられながら、翔は小さく笑った。
あの時とは違う。
誕生日の夜、何もできず、ただ絶望するだけの自分とは。
「でも……このままじゃ」
体が、引き裂かれる。
──そう感じた瞬間、
視界の端に、やけに眩しいものが映った。
見上げた夜空から、キラキラと金色の光が舞い落ちてきていた。
翔は思い出した。
あの日も、確か金色の光が現れて──
その光は、風に押されるように──
翔の口の中へ、コロンと転がり込んだ。
「なんだ……? 固い……」
考える余裕もなく、翔はそれを怪物へ向けて吹き出した。
プッ!!
翔が吐き出した光を放つ異物は、怪物の目に当たった。
「ギシャァァ!!」
怪物は悲鳴をあげ、思わず翔を持つ手を離した。
地面に落下し倒れた翔は、目の前に転がってくる光を見つめた。
──ド……ドングリ?
「そうか……あの時の光、ククノチだったんか……」
倒れたまま社殿の方に視線をやると、パタパタとその奥へ駆けていくククノチの背中があった。
怪物は翔に向き直り、一本の腕で目を押さえ、もう一本の腕を天に翳した。
──くる!
「……動けねえや」
掲げられた漆黒の大槍、その切先が翔に向けられた時、
一筋の光が円弧を描き、その腕を切り落とした──
「グギャャァァァ!!」
再び怪物は、もんどりを打つ。
「翔くん、ごめん。遅くなっちゃった」
「……蘭」
怪物が、目を押さえていた腕を掲げ、再び大槍を作り出したのを見て、翔は叫んだ。
「蘭! 後ろだ!」
蘭が振り返った瞬間、今度は怪物の腹を光る拳が突き抜けた。
「悪い、翔。遅れちまった」
「鉄喜!」
二人は倒れた翔を起こした。
「翔、大丈夫か?」
「ああ……なんとか」
怪物は穴が空いた腹を押さえ、ふらつきながら翔たちの方へ近づいてきた。
鉄喜と蘭の手を、翔はそっと外した。
「オレにやらせてくれ」
鉄喜と蘭が、静かに頷く。
「最後だ……あの日の夜を、終わらせてやる」
翔は一度、目を閉じた。
胸の奥に残っていた、あの夜の冷たさを、ゆっくり吐き出す。
翔が拳に力を入れると、全身を赤いオーラが巻きついた。
地面が軋み、篝火の火が、わずかに燃え上がった。
怪物は大きな口を開け、割れるようなノイズ音で叫んだ。
「ワイルドブラッドオオオオォォォォ!!」
「……倒すんじゃない……」
突進する怪物。
──祓うんだ!
天高く振り上げられた翔の拳は、赤い炎の糸を引き、怪物の脳天に振り下ろされた。
「おおおおおりゃあああぁぁぁ!!」
三人の背後で、篝火が揺れた──
怪物は翔の拳で真っ二つに裂かれ、そのまま黒い灰となって消えていった。
「やった……」
鉄喜は息を吐いた。
──その時だった。
境内の闇が、一斉にざわめいた。
鳥居の奥、社殿の影、森の向こう。
あらゆる闇から、無数の気配が立ち上る。
一体、二体、三体──
否。
無数だ。
鉄喜が歯を食いしばる。
「……マジかよ」
夏祭り超常決戦は、まだ、始まったばかりだった。




