第39話 夏祭り開幕── 欠けた灯
町が取りやめを決めた夏祭り、当日の昼下がり。
神社の境内は、いつもと変わらない静けさに包まれていた。
式神に吹っ飛ばされた社殿前方は、不恰好に鉄枠で直され、なんとか形を取り戻していた。
二年前から日常になってしまった、祭りの日も物音ひとつしない神社の境内で、
一対の火がついた篝火を囲む翔と鉄喜がいた。
「これが消しちゃダメな篝火ってやつか?」
「ああ。お父がこれが消えないように守れって……陽が沈んで、夜が明けるまで……」
今朝、利蔵と光明が念を入れて灯した篝火だった。
火は小さいながらも、不思議と消える気配を感じさせなかった。
鉄喜は境内を見渡した。
「ここを取り囲う松明は?」
「少しでも神社の力を落とさないように、明るくって、じーちゃんが」
鉄喜はニッコリ笑い、腕を回した。
「シンプルでオレは好きだ! 何が起きるか知らねえが、とにかくこの火を守る! 簡単だ!」
翔は地面を足で均しながら、続けた。
「この火は、人の活気と意志だって。この境内にいる人間、つまりオレ達の力が弱まれば、この火は消えるって……」
鉄喜は、パチパチと燃える篝火に手を翳した。
「そしたら、この神社は、神域解除。悪鬼の住処になる……てか」
「ああ」
鉄喜は、直した社殿の鉄枠に目を移した。
不格好だけど、力強さが伝わってくる。
「鉄と火は相性最高だ。そして、蘭も来るんだろ?大丈夫だろ」
翔は一抹の不安を感じて、返事をしなかった。
「オレ達が初めて遭った四本腕の式神、そしてそれを放った鴉天狗も来るかもしれない」
「だな」
鉄喜はおもむろに翔の背中を叩いた。
「オレ達にとっちゃ、リベンジってわけだ! やってやろうぜ!」
鉄喜の無邪気な笑顔に、翔はふと顔が緩んだ。
「お前ってホント……まあ、やるしかねえ!」
「じゃあ、夕方ここで集合な! オレはお前の家に泊まるって、お袋に言ってくるからな!」
「ああ、オレはここで火見ながら待機してるわ」
鉄喜が去ったあと、物音ひとつしない境内で、翔は篝火と社殿を背に座り、目を瞑っていた。
「もうすぐ陽が沈む……」
「行かなきゃ」
蘭は暗くなってきた窓に気付き、スマホを確認して、アパートを出た。
人気の無い翔の家の前を通り過ぎ、神社へ続く遊歩道。
ふと顔を上げると、蘭を見つめる見慣れない人影が立っていた。
黒く綺麗に整った髪。育ちの良さそうな男の子。
蘭よりも少し幼く見えた。
ただ──
「こんにちは」
蘭の胸はなぜかざわついた。
「あの声……」
ここ数日の間に聞いた幻聴のような声──似てる。
「あんた……誰?」
「はじめまして……蘭さん」
──!?
蘭は本能的に構えた。
「誰よ! なんでアタシの名前知ってるの!」
蘭の拳に力が入る。
「誰だって聞いてんのよ!」
蘭が荒げた声が遊歩道に響いた。
男の子はニッコリ笑った。感情を感じない、不気味な笑顔。
「なぜ僕に拳を向けるの?」
「なぜって……」
男の子はゆっくりと歩み寄ってきた。
「同じだよ、僕も蘭さんと……わかるでしょ?」
「同じって……何の事言ってんのよ! アタシはアンタのことなんて知らない!」
男の子はうつむき、前髪で目を隠した。
「酷いな……同じなのに……」
蘭は一瞬、拳の力を抜いた。その時──
蘭の視界から男の子の姿が──消えた。
「……え?」
次の瞬間、耳元に吐息が落ちた。
冷たい頬が蘭に触れた。
「お姉ちゃん──」
蘭の背筋に凍てつくような寒気が走った。
「お……おねぇち……」
そのまま蘭は視界を失い倒れた。
遊歩道はまた音を無くし、倒れた蘭の上に影が落ちていった。
──鉄喜の家では。
「今日はお父さん、会合で遅くなるって言ってたから──」
身支度を済ませた鉄喜は、そう言いかけた母親の話も聞かず、慌てた様子で玄関を飛び出した。
「お袋! 行ってくるぞ!」
返事がない──
玄関のドアを閉めようとした鉄喜は、違和感を感じ振り返ると、台所で突っ伏した母親の姿を発見した。
「お袋?……おっ、おい! 大丈夫か! おい! きゅっ、救急車!! おい!」
祝祭の夜は、もうすでに静かに牙を剥いていた。
──その頃、神社では。
篝火の前で、翔は一人、夜を待っていた。




