第37話 夏祭りまで、あと2日──軋む結界
翔は、ふと道を変えた。
神社へ向かう、いつもの遊歩道から。
16年住んでいる自分の町。
公園には、夫婦と小さな子供。
かつて賑わっていた商店街には八百屋が一軒、それ以外は全て錆びついたシャッターが下りている。
かつて陶器で栄えた名残か、巨大な倉庫や工場は息を潜めて、ただ佇んでいた。
「……今まで全然気付かなかった」
そう呟いたが、見ないようにしていただけかもしれない、とも思った。
翔は、この町の変化、今ある静けさが妙に寂しかった。
時計を見ていないのに、時間が止まったような気がした。
その時、翔の前を子連れのタヌキが道を横切った。
見渡せば空き家の庭にキツネ。側溝を駆け抜けていくイタチ。
人気がなくなった町のアスファルトは裂け、雑草が繁茂し、動物達の気配が増えていた。
「人がいないからか……」
街には人がいる。でも、自然は少ない。
だから神域もなく、神々の気配もない。
人がいなくなった場所には、自然が戻っていく……
古い自然が残る神域。
けど、人がいないと──守れない。
人がいる。
人がいない。
──それって。
「どっちがいいんだ?」
翔は首を傾げた。
その時、翔のスマホが震えた。鉄喜だ。
「おーい、翔!今日、神社行く前に、あのおばちゃんのお好み焼き屋行こうぜ!今バス乗ってるから、あと10分後、よろしく!」
「あ、ああ」
いつものお好み焼き屋。
鉄喜と肩を並べた翔は、まだ物思いに耽っていた。
「おい、翔、焼けたぞ!なんだ、考え事か?」
「ん?あ、いや」
「ほら、こっち。お前マヨネーズ抜きだったな」
翔は思わず鉄喜の顔を見た。
「なんで知ってんだ?」
「え、初めてここ来た時、マヨネーズなしって言ってたから」
「よく覚えてんな」
鉄喜は表情を変えず、あっけらかんと答えた。
「当たり前だろ。オレはちゃんとお前を見てるんだ。親友だからな」
「……」
そんなやり取りを見ていたお好み焼き屋のおばちゃんは、クスクス笑った。
「仲良いねぇ、あんたたち」
鉄喜は満面の笑みで、おばちゃんを振り返った。
「ちょ、おばちゃん!当たり前じゃないすか!オレこいつのこと大好きなんすよ!ガハハハ!」
お馴染みの、どストレートな鉄喜の表現だった。
翔は慌ててコップの水を飲み干した。
「お前、恥ずかしくないんか、そんなこと言って!」
「え、何が恥ずかしいんだよ。本当のことじゃねえか。ねえ、おばちゃん!」
話を他人に広げようとする鉄喜に、恥ずかしさなのか、苛立ちなのか、よくわからない感情が翔を襲った。
「もういい!早く食って神社行くぞ!」
「ハイハイ、おぼっちゃま」
おばちゃんは、不思議そうな顔をして二人を見つめた。
「はて。この前もそうだったけど、あんたら、神社へ何しに行ってるの?」
翔が答えるより早く、鉄喜が口を開いた。
「掃除です!やっぱり、町の神社は綺麗にしておかなきゃって!まあ、ボランティアっす!オレは隣町から来てますけどね!」
おばちゃんは目を見開いた。
「まあ、今時そんないい子がいるなんて!おばちゃん嬉しくなっちゃうわ」
翔は、鉄喜の咄嗟の返しに感心しながら、お好み焼きを口に放り込んだ。
「でもねえ……二年前からお祭りも廃止になって、ずいぶん神社も廃れてしまったでしょう?人が一切寄らなくなっちゃって。せめて花火でも上げたら、町の人も……きっと神様も喜ぶのにねえ……」
──今年は盛大に祭りをやれ。
──お前らが繋がりたいっていうから神社を守ってやってるんだ。
──勘違いするな。
ククノチの言葉が翔の頭を過ぎる。
「ククノチ。祭りは……神域は……一体誰のために」
答えは返ってこない。
翔は、焦げたお好み焼きに気付き、慌ててひっくり返した。
──揺れているのは、神域か。
それとも、自分の心か。
神社の奥で、結界は静かに軋んでいた。




