第36話 夏祭り直前!揺れる神域
「おーう、翔! 帰ったか! 今日は火鍋だ! ほら座れ」
「お父……真っ赤だぞ……この鍋」
「ほほ、火鍋じゃからの」
「いいから食えって、翔! 気合いだ!!」
翔は真っ赤に染まった鶏肉を、恐る恐る口に入れた。
「……かっら!! 辛すぎだわ! ゴホッ、ゴホッ!」
「ガハハハ、気合いがたらんな、翔! どれどれ……グハッ! 辛すぎだ、こりゃ!」
翔は呆れて箸を置き、光明を見た。
「だから言ってんじゃん! じいちゃんは平気なんか?」
光明は、いつものように優しく笑った。
「ほほ、食っとらん。胃の調子が悪くてな」
「ずる!!」
「ほほほ、ところで神社の掃除は進んでおるか?」
翔は水道の蛇口に口をつけ、水を流し込み、腕で口を拭って光明を見た。
「そうだった! 実は、お父の姿をした式神が現れて、社殿の半分が吹っ飛んじまったんだ……」
利蔵は目を見開いた。
「オレか?……ふーむ」
「またあの神社に式神がのう。それで、どうしたのじゃ?」
光明が聞き返すと、翔は身振り手振りを交えて伝えた。
利蔵は腕を組んで天井を見上げ、光明は長いヒゲを触りながら静かに頷いた。
「利蔵の姿ということは、明確にお主を狙ってきたのかものう」
翔は軽く頷いた。
「ああ……最初から、オレだけを見てた気がする。蘭が攻撃を叩き込んでるのに、そいつはオレに向かって攻撃してきた」
利蔵は組んでいた腕を解き、コップに手をやった。
「そいつも鴉天狗の式神だな。翔が誕生日に出会った式神も、お前を見て言っていた。──ワイルドブラッドと」
翔は頭をかきながら、難しい顔で光明に問いかけた。
「なぁ、オレを狙うなら、なんであの神社に式神を飛ばすんだ? 他の場所でもいいのに……」
「狙いはお主だけでないからじゃ。鴉天狗の狙いは、あの神社そのもの」
翔はさらに勢いよく頭を掻いた。
「わからない……なんで? あの神社に何があるんだ?」
「神社は神域じゃ。だが、あの神社は二年間、人から祀られておらぬ。三年が経つと、あの地は神域を解除される」
翔は椅子に座り、真剣な眼差しで光明を見据えた。
「そうなると……どうなるんだ?」
「神域が解除されても、あの地には長い間溜まった人の情念が漂う。その情念を糧に、悪鬼は力を増す。おそらく、奴らは居場所を探しておる」
「居場所?」
「言うたのう。悪鬼は元々、神。人間が契約を破ったことで、人間社会を破壊しようと神域を出た存在じゃと」
「ああ」
「神域を出た神に居場所はない。だから、解除された神域を奴らは寝床にしようとしておる。一度巣にされれば、二度と人は近づかん。その地で不幸を起こすからな」
翔は手を叩いた。
「なるほど! だから今年は、あの神社で夏祭りをして、神域が解除されないようにするってことか!」
今度は利蔵が手を叩いた。
「そういうことだ! 夏祭りの日は、その昔、あの神社が神域認定された日。その日は篝火を焚いて、人がその火を守らねばならん! まあ、やり方はその地によって違うけどな。荒れたままの地では、神域の力も弱まる。だから掃除、なんだ」
合点がいった翔は、頭に手をやり、天井を見上げて呟いた。
「今年の夏祭り……そんな意味があったんか」
光明は湯呑みを置いて立ち上がった。
「じゃが、鴉天狗は簡単には祭りをさせてくれぬ。当日は、彼の地を守らねばならぬの」
翔は息を飲んだ。
「じーちゃん、お父。オレ……悪鬼に勝てる気がしないんだ。今日もどれだけ攻撃しても、倒せる気なんかしなかった。ククノチには、センスがないって。どうしたら……」
光明は翔の肩に手を置いて、笑みを浮かべた。
「ほほ、慣れじゃ」
「え!? そんだけ?」
慌てる翔に、利蔵は笑った。
「ガハハハ、翔! 音葉ちゃんとの訓練を思い出せ! 月詠様の、三重の幻影を打ち払った時、どんな心境だった? 倒してやるって思ったか?」
翔は一瞬、顔を曇らせた。
「……いや」
「そうだろう! 倒すんじゃない、祓うんだ!」
翔は自分の手に視線を落とした。
「お父……ククノチと一緒のこと言ってる」
利蔵は机を軽く叩いて、悔しそうに言った。
「今年こそ夏祭りを再開させようと掛け合ったが、町内会は今年もやらないと。花火でも上げて、人が集まれば悪鬼もそう簡単に攻めては来ないが……残念だ」
翔は、ふと不穏な予感に苛まれ、顔を曇らせた。
「お父とじいちゃんは、当日いるんだろ?」
「おらぬの、ほほ」
光明は一言だけ残すと、背を向けてリビングへ向かった。
「なんでだよ!?」
翔は慌てて声を張り上げた。
利蔵は眉を寄せた。
「その日は音葉ちゃんの神社も危ないんだ。鴉天狗は神域の入り口となる、あの地の破壊とサニワ排除も企ててる。新月。あの神社の力が最小化する。それが、祭りの日と重なる」
「なっ……」
利蔵は何も言わず、拳を差し出した。
その意味を、翔は理解してしまった。
「……あの神社、オレ達だけで守れってことか……」




