第33話 ククノチの直感
「興味深いな、お前」
ククノチは蘭の顔をさらに至近距離で覗き込んだ。
「ちょっと、近いから!気味悪い子どもね。なに、アンタ?」
睨み合う蘭とククノチに翔と鉄喜が駆け寄ってきた。
「ククノチ......何してんだ?」
ククノチは蘭を睨みつけたまま、翔に問いかけた。
「おい、翔。何だこの女は?」
「そいつは蘭だ。サニワで」
言いかけた翔をククノチは遮った。
「お前のなんなんだと聞いている」
翔は、思わず頭をかいた。
「オレの......何だと言われても」
蘭はニヤリと笑って答えた。
「彼女よ!エヘヘ!」
翔は慌てて大声を出した。
「違うわ!何言ってんだ、てめえ!」
「え?違うの?......ひどい、翔くん......」
蘭はシクシクと泣き真似をしながら、顔を覆った指の隙間からククノチを見た。
指の向こうで、さらに至近距離のククノチの瞳がパチクリした。
「ひっ!だから近いって、アンタ!何なのよ!」
慌てて鉄喜が間に入った。
「蘭!この人は、神様だ!」
「え、神様なの、キミ?」
ククノチは表情を変えず呟いた。
「興味深い。おい、女。手を出せ」
蘭は言われるがまま両手を出した。
「なんかくれるの?」
ククノチは蘭の手をマジマジと見ると、クンクンと匂いを嗅いだ。
「何!?やっぱアンタ気味わるい!」
「水と氷か。興味深い。おい、翔」
ククノチの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
その表情は、好奇か、畏れか、警告か――読み取れない。
「この女、気をつけろ。よく見ておけ。わかったか?」
「気をつけろって......どういう」
——気をつけろ。
その言葉が、妙に胸に残った
ククノチは翔の問いをまた遮り、背を向けた。
「ボクは忙しい。今度はチョコレートだ。賽銭を忘れるな。じゃあ、またな」
そういうとククノチはズカズカと社殿に上がったが、何かを思い出したように足を止めて、振り返ることなく鳥居を指差した。
「なんか来た。追い払っておけ。じゃあな」
そう言い残すと、社殿の奥に消えて行った。
「なんか来たって......」
3人が鳥居の方を見ると、利蔵がこちらに向かって歩いてきている。
「パパ!」
「ああ、お父か」
「師匠!早かったですね、音葉さんは!?」
利蔵はニッコリ笑って翔の前に立った。
「追い払っておけって、お父じゃねえか。なあ、鉄喜」
「ああ。......いや、待て。......なんか」
「ん?」
「パパ、なんか......黒い霧が......?」
翔の背筋に、ぞわりと嫌な寒気が走った。
姿は利蔵なのに、そこに“人”の気配がない。
息を吸い込むたび、喉の奥が焼けるような濁った霊気が入り込んでくる。
翔が利蔵の顔を見上げた瞬間、利蔵は赤黒い炎に包まれ、その炎を一気に膨張させた。
「グワァ!」
その凄まじい爆風は、3人を吹き飛ばし、社殿の前方部分までも破壊した。
パラパラと火の粉が黒い灰となって、倒れた翔達の上に降り注いだ。
「痛え......」
「翔、あれは......」
「パパじゃない!!」
まだ起き上がれない翔に向かって再び歩みを進める利蔵は、身に纏うその赤黒い炎を右手に集め、炎で出来た刀を作り出した。
「やべえ!間に合わねえ!翔、逃げろ!」
鉄喜は足を引きずりながら、叫んだ。
利蔵は容赦なく翔めがけて炎の刀を打ち下ろす──
「フッ!」
振り下ろされ炎の刀を、蘭は氷の刀で弾き返した。
「おお、蘭!」
蘭はニヤリと笑った。
「へへ、アンタ、パパじゃないから大したことないね。ハイヤァ!!」
蘭はそのままクルっと体を反転させ、その勢いを利用して利蔵の腹に後ろ回し蹴りを叩き込んだ──
蘭は即座に氷の刀を氷弓へと変形させ、氷の矢を3本まとめてつがえ、腹を押さえて後退した利蔵に放った──
「おっほー、蘭、強ぇ!」
「全弾命中!!でも、まだまだぁ!」
蘭は、構わず正拳付きの連打を叩き込む──
「ほらほらほらほらほら!!」
トドメと言わんばかりに、今度は飛び上がり利蔵の顔面に飛び膝を叩き込む──
「セイヤァ!!」
蘭の攻撃は止まることなく、倒れた利蔵に向かって飛び上がり、空中で巨大な氷のハンマーを作り出し、落下スピードを利用してそのまま利蔵の上にハンマーを叩き落とした──
ゴボッ!!
「天誅〜!!へへ、どうだ!!」
鉄喜はアゴに手をやり、首を傾げた。
「なあ、翔。蘭て、なんでああなんだろうな。
「ああとは?......」
「いや、他人に超攻撃的でさ。戦い方見てても」
「戦い方?」
「まるでこの世の全てを恨んでるような暴力性っていうか」
蘭の拳は、いつも相手だけじゃなく、何か目に見えない“過去”そのものを殴りつけているように見えた。
「この世の全てを......」
「お前、なんか知ってるか?」
翔は蘭の後ろ姿を眺めて、ため息をついた。
「......興味ねえよ」
「そっか。でもお前、ちょっと似てるぞ」
「......」
ちょっと似てる。そう言われて翔は言葉が出なかった。
確かに、16歳になったあの日、“この世の本当”を垣間見た翔は、この世を受け入れたくないと思った。めんどくさい。終わればいい。
そう思った。
でもどうしてそう思ったのかは、今もわからない。
鉄喜の言葉に、蘭に似てることを認めたくない気持ちと、蘭のことを理解出来る気持ちが同時に湧き上がった。
「めんどくせえ......」
最後に翔が呟いた一言に、鉄喜は聞こえないフリをした。
蘭は振り返り、両手を広げた。
「エヘ!翔くん!ご褒美のハグは?」
すると、翔は猛スピードで蘭に向かって走りだし、あっという間に蘭の前に──
「え。翔くん......」
蘭は目を閉じた。
「......翔くん」
その時、蘭の頬を一陣の風が吹き抜けた。
「バカか、お前」
「え?」
翔は、いつの間にか立ち上がり刀を振り下ろそうとしていた利蔵の顔面に、蘭の肩越しに拳を叩き込んだ─
蘭の頬を撫でたのは、翔の突きが生み出した風圧だった──
振り返った蘭は再び翔の突きで倒れる利蔵の姿があった。
「コイツ、しぶとい!......なーんだ、翔くん、ハグしてくれるのかと思ったのに!」
「油断すんじゃねえよ、てめえ」
鉄喜は思わずガッツポーズして叫んだ。
「よっしゃあ!クッソカッコ良すぎだろ、翔!......でも、お前」
鉄喜は翔の顔に薄く浮き上がった紋様が消えていくのに気付いた。
「力を少しずつコントロールできるように......」
しかし、再び利蔵は糸に釣られるように起き上がった。
「なっ、何コイツ!?」




