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第31話 月下の戦い

「満月......綺麗」


 翔と鉄喜のためのレッスン以来、音葉は毎晩古戦場跡で物思いに更けた。

 時が経てば経つほど、あの日の蘭の言葉が氷の刃の如く、胸に深く突き刺さるようだった。


── 触んないでよ!

あんたがやったんでしょうが!

人の過去の傷をえぐっておいて

あんたみたいに胡散臭い女

大っ嫌いなんだよ──


「蘭さん......」


初めて人に拒絶された。

幼少期から、運命だと疑わず信じた生き方。

神職。

皆が私に感謝してくれた。

両親もそう信じて死んでいった......


でも──


私は人を傷付けた。


 音葉は胸の痛みから逃げるように、錫杖を振るい激しく舞った。

 満月に照らされる音葉の純白の装束。

バサッ、バサッと、袖や裾の擦れる音だけが古戦場跡に響く。


──ぃやっ!


 だが、雑念が音葉の舞を狂わせ、自分で振った錫杖が、装束に引っかかり音葉は転げた。


「ハァ、ハァ......痛た」


 膝を押さえて立ち上がった音葉は、装束の汚れを払い、ため息を吐いた。


 その時、古戦場の奥の茂みで聞こえた物音に目を向けた。


「誰!?」


キシャアアアァァァ!!


夜の古戦場に突然現れた怪物は黒い霧を纏った鳥居ほどの大きな蜘蛛。


「悪鬼!?......土蜘蛛!!」


鬼の顔に虎の胴体、蜘蛛の足を持つ妖怪として神話にも伝わる土蜘蛛。

神話、伝承に詳しい音葉は、その存在を知っていた。


「結界を張ったこの古戦場に、何故、悪鬼が!?」


大きな般若の顔を持つ土蜘蛛は、ギロリと音葉を見ると、長い舌をグルリと回して舌なめずりをした。


音葉は動揺しながらも、即座に錫杖を土蜘蛛に向けた。


「土蜘蛛......あいにく今宵は、月詠様の力が最大になる満月です!後悔する前に、この地を去りなさい!!」


キシャッ!キシャッ!!


金切音のような声を出しながら、構わず音葉に向かってくる土蜘蛛。

 音葉は目を閉じ、短い祝詞を上げると目を見開いた。

 あの時のように音葉の目は怪しく紫色に輝き出したが、意識は音葉のままだった。


「あなたなど、月詠様に降りてもらうまでもない!さあ、去りなさい!!」


土蜘蛛は音葉の呼びかけには反応せず、大きな口を開けて襲いかかってきた。


キシャシャアアアァァ!!


「許して!」


音葉は土蜘蛛に向けていた錫杖を満月に向け直し、真言を唱えた。


「ノウマク・サマンダボダナン・センダラヤソワカ......」


 すると満月の光を吸収するかのように、音葉の錫杖が眩く光りだした。

 その光に土蜘蛛が一瞬たじろぐと、音葉は飛び上がり、般若の眉間に錫杖を突き刺した。


「ごめんなさい!!」


グッグッ、ギギギ......


土蜘蛛は断末魔もなくブルブルと震え、脚の先から黒い霧へと変わり、やがて静かに消えて無くなった。


「ハア......ハア......どうして、ここに悪鬼が」


音葉の心は、疑問、安堵の次に、ここでもやはり罪悪感が回ってきた。


「また傷付けた......」


音葉が額の汗を袖で拭うと、土蜘蛛が消えた奥に人影を見つけた。


「だっ、誰!?」


古戦場の奥から、風もないのに木々がザワリと逆なでされる音がした。月光が、音葉の立つ足元だけすっと薄暗くなり、周囲の空気が、何かによって圧縮されるような不気味な雰囲気が広場を包み込んだ。


──フッフッフッフッ


ゆっくりとこちらに歩いてくるその人影は、月光に照らされても黒い影がゆらゆらと揺れているだけで、はっきりと姿が確認できなかった。


嫌な予感を感じた音葉は声を荒げた


「だっ、誰ぞ!?姿を見せなさい!!」


黒い影は、歩みを止めた。

声の主の気配が、まるで四方八方から同時に押し寄せてくる。

それだけで動けなくなるほど、空間そのものが歪むような感覚が音葉を襲う。


「フッフッ、神域に結界とは、愚かな。サニワの娘。そこをどけ」

「姿を!」


 音葉は錫杖を影に向け、光で照らした。


「いない!?」


光を照らした先に影はなく、耳元で声が聞こえた。


「どくのだ、サニワ」


声を聞いた瞬間、音葉は腹に衝撃を受け吹き飛んだ。


「くっ!そなたは......悪鬼か!?」


すぐに立ち上がった音葉の目の前に再び黒い影が立っていた。


「フッ悪鬼とな。貴様ら人間は、本当に非情よ」


音葉は叫んだ。


「我は......そなたに姿を見せろと言っている!!」


 音葉は両手で錫杖掲げて、地面に突き刺すと、結界の紋様が地面を駆け抜け、古戦場全体を照らし、ようやくその影が姿を現した。


「ほう。娘のくせになかなか強い霊力だ」

「そなたは......」


漆黒の装束に黒い鳥の羽をあしらった袴......般若の面、黒い霧を纏った男──


「鴉天狗!!」

「サニワよ、そなたらは神の声を聞く神託者。では、問うが」


音葉は錫杖を手に身構えた。


「我は、神か?」


錫杖を強く握った音葉は答えない。


「近頃、悪鬼などと言う言葉をよく聞くが──我は、神か?悪鬼か?」


音葉は息を呑んだ。


「答えよ!!サニワアアアアァァァァァ!!」


 そう叫ぶと鴉天狗は、その身に纏う黒い霧から、槍を作り出し、音葉に向けて投げつけた──


 音葉は、錫杖を回し結界を作り出し、その槍を弾く──


 「ほう。良き霊力......それでは」


 鴉天狗が両手を広げるとその身に纏っていた黒い霧は、炎が激しく燃え盛るように立ち上った。

大地が低く唸り、古戦場の石畳がわずかに浮いた。


「サニワの娘、お前の霊力は、食するに値する」


 音葉は再び錫杖を構えた。


「神域に結界とは、愚かな。神域は、我のモノ。始めよう......創造の前の、破壊を」


 立ち上った黒い霧は音葉に襲いかかった──


音葉は再び錫杖を掲げ、自分の周りにオーラの結界を張った。


 「くっ......」


 苦悶の表情を見せる音葉を見て、鴉天狗は笑った。


「フハハハハ!安心して、我の一部となれ」


 音葉の結界オーラは黒い霧に飲み込まれるように徐々に縮小していった。


「跳ね返せない......押し潰される......」


 意識が遠のき、視界が消える寸前、音葉の目に満月が映る──


「つっ......月詠......様」


 その瞬間、再び音葉の目は激しく輝き、黒い霧を一瞬で消し飛ばした。


「何!?」


音葉は鋭い眼光で鴉天狗を睨みつけ、ニヤリと笑った。


「何をしておる、鴉天狗」

「この娘......まさか!?」

「神域で、何をしておると聞いておる」


「チッ、月詠か!」


そう言うと鴉天狗天狗は翼を広げ、鴉の形となり夜の帳へ消えていった。


 音葉は正気を失い、その場に倒れた。


「おっ、音葉!!一体......ここで何が!?」


 道心が倒れた音葉を発見したのは、陽の上がらない早朝だった。

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