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第30話 全部、アイツのせい

 気がつけば、境内の木々から見える空はすっかり夜の色に染まっていた。


「やべ、もう暗いじゃん。翔、じゃあまた明日な!」

「ああ」

翔と鉄喜は静まり返った神社を後にした。


薄暗い帰り道。

翔は近所の公園で、数人の人影が集まっているのを目にした。


「おい、あれ……翔じゃね?」

公園でたむろする影の中から声があがり、数人が翔に向かって走り寄ってくる。

彼らは、最近までよく遊んでいた地元の仲間だった。

「全然顔出さねぇじゃん。何してんだよ最近」

「あ……まあな」

「今から街行くけど、久しぶりにどうだ?」

「悪い、やめとくよ」

短い言葉だけ残し、翔は背を向けて歩き出す。

仲間たちの視線が背に刺さるのを感じつつ、それでも振り返らなかった。


翔は歩きながら、胸の奥に小さな違和感が広がっていくのを感じた。

ついこの前まで毎日のように一緒に笑っていたはずなのに、彼らの声は、まるで別の世界の出来事みたいに遠く聞こえる。


“……オレ、いつからこんなふうに感じるようになったんだ?”


自分でも驚くほど、胸が冷めていた。

でも何かを失ったという寂しさはない。

もう戻れない。

そんな実感が強かった。


  大森鉄喜、氷室蘭、立花音葉。

 ククノチ、スサノオ──

 立て続けに訪れた衝撃的な出会いを経験した翔には、公園でたむろする昔の仲間達の姿が妙に滑稽に見え、まるで記憶が飛んだかのように、言葉がひとつも出てこない。

 その違和感を悟られまいと取り繕おうとする自分にも、翔は驚いた。


「ただいま」

翔がドアを開けると、店の中では利蔵が、汗を拭いながら動物達の世話に奔走していた。


「いやあ、急に忙しくなったから、こいつらの世話が追いつかねー。翔、悪いが夕飯はコンビニにしてくれ。」

「わかった」

「オレはカツカレーな」

「ん、買ってくる」


蘭のアパートの前を通ってコンビニに向かった翔は、袋を手にこちらへ歩いてくる蘭を見つけた。


 一瞬だけ目が合う。

だが蘭は、小さく肩をすくめるようにしてすぐに視線を落とした。

 見たことがない蘭の反応に、翔は動揺した。

いつもは大声ではしゃぐのに、一切声を上げない蘭の影がどんどん近づいてくる。


 翔は、生まれて初めて感じた“気まずい”という感情に、さらに動揺した。

目の前に来ても尚、蘭は下を向いたまま。


 その時、突然さっきの鉄喜の言葉が頭の中を駆け抜けた。


──いいか!突っぱねてばかりじゃダメだ!上げたら下げる。下げたら上げる。オレ達はサニワだろ。


──いや、何で今鉄喜の言葉が......


視線を合わせないまま、すれ違いざまに蘭が絞り出した声は、小さかった。

「おやすみ」


翔は、蘭を慌てて振り返った。

「おい......下げたら上げ......じゃなくて、その......」

「何?」

 蘭は振り向かない。 

「えっと......お父から聞いたけどさ。さっきの神社でオレ助けようとしたって......」

「だから、何?」

「いや、その......なんかすげぇなって。お前って」


 蘭はまだ振り向かない。それだけで翔の心臓はなぜか限界突破しかける。


(効果ねぇじゃん!鉄喜、嘘ついたな!? 褒めてんのに全然反応しねーじゃねーか!あ、そうだ。“上げたら下げる”か!)


「でもさ、あんな怒らなくてもよかっただろ」


「......」


 沈黙が返ってくる。その静けさが怖い。翔は動揺のピークに達していた。


「いや、怒るのもまあ、仕方ねえ!とにかく、その......お前は強ぇし、すげぇし......」


(ああもうわけわかんねぇっ!めんどくせぇ!どうでもいい!コンビニ行こ......全部鉄喜のせいだ!)


 翔は逃げるように背を向けた。

「翔くん」

「あん?」

「もしかして......アタシの機嫌を取ろうとしてるの?」

「してねえ!じゃあな!」

 慌ててその場から逃げようとする翔。

腕を掴んで翔の前に回り込んだ蘭は意地悪な笑顔で翔の顔を覗き込んできた。

「なっ!お前、笑って......」

「あの翔くんがぁ、ご機嫌取りぃ?」

「違っ!離せ!」

 蘭の手を振り解くと翔は一目散に逃げ出した。


「ふざけやがって、あの女!人を馬鹿にしやがって!」


走り去っていく翔の後ろ姿を見つめる蘭の顔には、微かに笑顔が浮かんだ。


「翔くん......可愛いね」

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