第29話 女心と夏の空
翔は、激しい神技解放の反動でなかなか立ち上がることが出来ずにいた。
「参ったな......足に力が入んねえ」
心配そうに翔に寄り添い、恐る恐る傷口を見る蘭。
「血は止まってるみたいだけど、傷口は塞がってないね......大丈夫?」
「大丈夫だから、あっち行けよ」
翔は鬱陶しそうに顔を背けた。
道心につかまりながら、音葉はおぼつかない足取りで翔達の元に歩み寄った。
道心は翔の傷口を覗き込むとどこか納得したように小さく頷いた。
「月詠様の幻影の気がまだ傷口に残っている。それがワイルドブラッドの治癒力を抑え込んだのだな......。音葉、出来るか?」
音葉は、まだ僅かに震える口を開いた。
「はい。気を、払います」
蘭の体がピクリと動く。
音葉が翔の傷口に手を伸ばすと、蘭はその手を叩き落とした。
「触んないでよ!何が気を払います、よ!あんたがやったんでしょうが!」
「ごっ、ごめんなさい!で......でも、まだ月詠様の気が......」
蘭の声を聞いて思わず駆け寄った鉄喜が怒鳴った。
「おい、蘭!!お前、いい加減にしろって!」
鉄喜には目もくれず、蘭はわずかに涙を浮かべ、音葉を睨みつけた。
「うるさいわね!人の過去の傷をえぐっておいて、こんなに血だらけにしておいて......アタシ、あんたみたいに胡散臭い女、大っ嫌いなんだよ!」
翔は聞いていられないとばかりに首を振り、傷を押さえて立ち上がった。
「もういいって。オレを巻き込むな。お父......帰ろうぜ」
立ち上がった翔は、足を踏み出したが、力が入らず、再びその場に倒れた。
音葉は倒れた翔に駆け寄り、傷口を抑え目を閉じて、祝詞をあげ始めた。
「掛巻も畏き月弓尊は上絃の大虚を主給ふ...」
音葉の一切のブレのない美しい祝詞は古戦場の隅々に響き渡った。
その様子を見て激昂した蘭は白いオーラを纏う拳を握りしめた。
「翔くんに近寄るなって言ってんだろ、この淫乱女!!パパもなんとか言ってよ!!」
祝詞を切り裂く発狂に近い蘭の叫びを鎮めるよう、利蔵は蘭の前で膝をつき、大きな手で、優しく蘭の拳を包み込んだ。
「気持ちはわかったよ。蘭ちゃんがいてくれてよかった。ありがとう」
「......」
自分の冷たく凍った拳が、利蔵の炎で暖かくなっていくのを感じ、蘭は思わず手を引いた。
「なによ。......大っ嫌い......みんな......大っ嫌い!」
そんな蘭の肩を馴染みがある手が叩いた。
「ほほ、みんなここにおったか」
「おじいちゃん......」
突然現れた光明は優しく微笑み、蘭の手を引いた。
「十分じゃ。蘭、帰るぞよ」
「うん......」
利蔵は膝をついたまま光明を見上げた。
「親父殿......」
「光明どの」
「利蔵、ご苦労じゃった。道心、すまなんだの」
光明に手を引かれて帰っていく蘭を追うように、音葉が足を引きずりながら声をかけた。
「蘭さん!あの、私は......蘭さんみたいな女の子......好きだよ」
蘭は一瞬足を止めたが、振り返ることはなかった。
「蘭さん......」
道心は下を向く音葉の肩に手を乗せた。
「音葉。その手に持ってるのは?」
「蘭さんに渡したかったの......御守り」
「ほぉ......月詠様の護符か」
「うん」
「大丈夫。またすぐに会えるはず」
「......そうだね」
鉄喜は頭を抱えて天を見上げた。
「女心を扱うのは大変だな!な、翔?」
「オレに聞くな」
「ガハハ、お前とんでもねえ女ナンパしちまったな!」
「知らねーよ」
利蔵は光明と蘭の姿が見えなくなるのを確認すると、翔と鉄喜を振り返って、ニタリと怪しい笑みを浮かべた。
「翔!鉄喜くん!さあ、行くぞ!」
翔と鉄喜は、顔を見合わせた。
「どこに?」
「決まってるじゃないか!地元へ帰って神社の掃除だ!!ハハハハ!」
「え、師匠っ!さっき、あの、レッスンが終わったばかり...翔も傷が...」
利蔵は鉄喜の顔を覗き込んだ。
「ん?どうしたんだい、鉄喜くん?まさか、君!疲れたとか?......あああ、そんなことでは、金剛力士様が泣いちゃうぞぉ?」
「いっ、いえ!!自分は全く疲れておりません!!行きましょう!!この大森鉄喜、まだまだこれからであります!ハハッ、ハハッ」
「......お父、なんで神社の掃除なんだ?」
「ん?忘れたかぁ、ククノチ様に、神社を掃除しろって言われたのを?」
「ああ、確かに......」
「そして今年は、お祭りを再開しろって言われたのを?」
「確かに、言ってましたね!」
利蔵は頭をかいた。
「祭りまで、あと2週間。間に合うかなぁ?さあ、立花のおいちゃんと音葉ちゃんにお礼を言って、早速向かおう!」
「翔......お師匠様って......」
「ああ。......鬼だ。」
挨拶も早々に地元に帰ってきた翔と鉄喜は、神社の前で降ろされた。
「じゃあ、2人とも、しっかり片付けるように!オレは、ちょっと買い物に行ってくるからな!では!」
「師匠......マジだった」
「ああ、マジだ」
境内へ続く階段を登りながら、鉄喜は余韻冷めやらぬとばかりに、軽快なトークが止まらなかった。
「いやあ、とにかく音葉さんが可愛すぎたな!」
「知らねーよ」
「お前は、どっちがタイプだ?蘭か?音葉さんか?」
「どっちもタイプじゃねーわ」
「え?じゃあ、どういう子がタイプなんだよ」
「なんでもいいだろ、女なんて」
「蘭は明らかに嫉妬してたけど、音葉さんのあの感じ、なんかずっと翔のこと忘れてなかったって感じだったな!辛いな、モテる奴ってのは、ガハハハ!」
「ああ、もう!うるせえな、お前!!」
「いや、マジでお前、もうちょっと女心を知らないと、ダメだと思うぞ」
「なんでだよ。どうでもいいだろ、そんなの」
「よくないぞ!なぜならオレ達はサニワだからだ!じゃあ、どうするんだよ、もし女の神様が現れたら?女心がわからないのに、どうやってその意思を理解するんだ?」
「無理矢理サニワの話に繋げんじゃねーよ」
「ま、オレに言わせりゃ、女なんか簡単だ!教えてやる!」
「聞いてねーよ」
「女ってのは、褒めてばかりじゃなんだ!反対に、お前みたいに突っぱねてばかりでもダメだ!いいか?褒めたら突っぱねる、突っぱねたら、褒める。上げたら下げる、下げたら上げる。分かるか?基本だ!!」
翔はたまらず、耳をふさいだ。
「掃除なんかより、お前との会話が、死ぬほど苦痛だ.....」
まだまだ日高い夏の日の午後。
翔は、この時間が永遠に続くかのように思えた。




