第26話 母の幻影
突如現れた翔の母親・三重の幻影を前に、立ち尽くす翔と鉄喜。
「か......母ちゃん......なのか?」
三重は静かに微笑んだ。その笑顔は、翔の薄れゆく記憶の中で何度も思い出してきた“優しい母”のそれとまったく同じだった。
「翔、大きくなったね」
「母ちゃん......生きてたんか」
三重は膝をつき、手を広げた。
「おいで、翔。もっと近くであなたの顔を見せて」
翔は力が抜けたように、三重の前に歩みを進めた。
「翔、会いたかったよ」
三重はしっかりと翔を抱きしめた。
記憶が残っていたわけじゃない。
でも、その温度、その匂い──すべてが“本物の母”だった。
「母ちゃん......」
翔が母の胸元で息を震わせる一方、鉄喜はその光景を見つめながら、言いようのない違和感を覚えていた。
「翔……母ちゃん、生きてたんだ。よかったなあ……」
そう言いながらも、胸の奥がざわつく。
“何かがおかしい”。
それは言葉にならず、ただ黒い影のように胸にひっかかっていた。
「でも、なんかこう、胸に引っかかるこの感じはなんだ......。そういえばオレ達、ここで何してたんだっけ?」
翔は三重の腕の中で目を閉じた。
「母ちゃん、今までどこ行ってたんだ?死んだんじゃなかったのか」
「何でそんなこと言うの、翔?私はいつも側にいたじゃない」
「......そっか。オレの勘違いか」
「もうこんな暗くなってしまったわね。翔、帰りましょう」
三重は翔に腕を優しく掴んだ。
「あ......うん」
その様子を見ていた利蔵と道心は、三重の背後に突然広がった“黒い空間”を見て叫んだ。
「まずい!冥界への扉か!?いきなり引き摺り込むつもりか!?」
「音葉!飲み込まれるでないぞ!」
音葉を包み込む紫のオーラは更に激しく揺れ大きくなっていた。
「音葉、抗うのだ。なんとか2人に気付かせるんじゃ......」
鉄喜は胸のざわつきの正体を掴めず、ただ翔へ手を伸ばした。
「翔。あの、わからないけど、なんとなく違う気がするんだけど」
翔は鉄喜を振り返った。
「鉄喜、オレ、帰るわ」
「あ.......おう。またな」
翔は三重に連れられるまま黒い空間に向かって歩を進めた。
「母ちゃん......オレ」
「どうしたの翔?おいで」
「あ......うん」
利蔵は拳を握った。
「翔、気付け!」
その時、翔はその黒い空間の手前で足を止めた。一歩踏み出そうとした足が、勝手に震えた。
『行くな』と、どこかで誰かが囁いた気がした。
──本能。
「母ちゃん......」
「どうしたの翔?お家に帰ろう」
「なんかオレ......そっちに行ったら、ダメな気がするんだ」
「どうして?お家に帰るのよ」
翔は自分の腕を掴む三重の手を優しく解いた。
「母ちゃん、オレやっぱり鉄喜と帰るわ」
そう言うと背を向けた翔の腕を、三重は強く引っ張った。
「翔!来なさい!」
大勢を崩した翔は、咄嗟に鉄喜の方を見て叫んだ。
「鉄喜!!」
「おう!!」
鉄喜は駆け寄り翔の腕を掴んで力一杯引っ張った。
「おおりゃああぁ!」
2人は勢い余って後方に転がり、三重も前のめりに倒れた。
「翔!大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫だ。かっ、母ちゃん!」
倒れた三重に慌てて駆け寄る翔に、鉄喜が叫ぶ。
「翔!ダメだ!近寄るな!」
翔に抱き起こされた三重は、突然翔の首を掴んだ。
「ぐっ!か母ちゃん......何を」
「翔。あなた悪い子ね。母さんにこんなことするなんて」
「かっ......かあ......ちゃ」




